総務課の牧野さん 42

総務課の牧野さん

道明寺に進の連絡先を教えて10日あまりたったころ、昼休憩に総務課のフロアで同僚たちとおしゃべりしている時に携帯のメール音がした。

開いてみると珍しく進からのメール。
内容を見てあたしは……固まった。

『結婚式の日取りが決まったよ。
メープルのチャペルですることになった。』

その一文を読んで、目を疑う。
メープルのチャペルといえば、誰もが憧れる場所。そこで式をあげるのは芸能人や財界人、とにかく一般ピープルが使えるほど庶民的な式場ではない。

驚きを通り越して怒りが込み上げてくる。
身の程知らずにもほどがある。

あたしは同僚たちに、
「ちょっとごめんね。」
そう言ってフロアを抜け出し、ひとけのない会議室の前まで行くと、回りに誰もいないのを確認して道明寺の番号をコールした。


昼休憩を挟んで、午後の仕事に入ろうかとパソコンに向き合った俺の胸ポケットで携帯が鳴る。
画面を確認すると、珍しく牧野から。
この時間にメールじゃなく電話があるのは滅多にないことだ。

「もしもし。」
いつものようにこいつにしか出さないプライベートな声が出る。

それなのに、
「ちょっと、どーいうこと?」
と、はじめから闘争モードのこいつ。

「なにがだよっ。」

「進からおかしなメールきたんだけどっ。」

「あ?おかしなメール?」

「そう、メープルで式あげるってバカなこと言ってきたけど、道明寺がなんか言ったんでしょ。」

「…………。」

「余計なことしないでよっ。
進には進の身の程っつーのがあって、メープルで式をあげるなんて、百年早いのっ!
支社長権限振りかざして知り合いだからって、簡単に口利きしたりして、そういうことしていいと思ってんのっ?」
完全にぶちギレてやがる。

「おまえさ、なんか勘違い、」

「とにかく、あたしから進に言っておくから、式の件はキャンセルして……」
俺の話なんて聞く耳持たず、一方的に怒って勝手に話をたたもうとするこいつ。

それに、俺はキレて言ってやる。
「おいっ、おまえこそ弟の結婚に首つっこみすぎだ。
どこでやろうと、弟の自由だろっ。
おまえが文句言う権利はねーんだよっ。」

「…………。」

「とにかく、キャンセルはしねぇ。
おまえも弟に余計なこと言うなよ。
…………6時に仕事終わらせる。
会社で待ってろ。」
それだけ言って俺から電話を切った。

とにかく、話し合う必要がある。
さっきの電話は切り方が一方的すぎたか。
6時きっかりに仕事を終らせて牧野に電話すると、
「10分後に会社前の公園で待ち合わせよう。」
といつもより固い声で返ってきた。

広い公園内をあいつを探してブラブラ歩いていると、
「道明寺。」と、うしろから牧野の声。

振り向いてこいつを見ると、意外にもきちんと俺に目を合わせてくれて、近付いてくる。
すげー怒ってて、すげー睨んできたりするのかと思って俺は少しだけ拍子抜けしたけど、
こいつのこういうまっすぐなところが好きだと改めて感じる。

「クレープ」

「あ?」

「クレープが食べたい。」
そう言って公園で車販売しているクレープ屋を指差す牧野。

思わずプッと吹き出しながら、
「いいぞ。」
そう言って頭をグシャグシャかき混ぜてやる。

すげー甘そうなクレープをうまそうに食べるこいつと並んで公園内をゆっくりと歩く。

「ん。」
俺の目の前にクレープを近付けて、食べろと目で訴えるこいつに、

「すげーあめぇじゃん。」
と文句を言いながらも一口くう俺。

そのあと数歩歩いてから、こいつが小さく切り出した。
「…………進と会ったの?」

「ああ。」

「いつ?なに話したの?」

「10日程前か。色々とな…………。
おまえが気にしてる式のことも話した。」

「それで?進からメープルでしたいって頼まれたの?それとも道明寺が言ったの?」

「んー、別にどっちでもねーよ。」

「どういうこと?じゃあ、なんで会ったの?」

「それは言えねぇ、男同士の秘密だからな。」

「またそれ?
……あたしは反対だからね。
メープルで式をあげるなんて……」

「だから、それはおまえが決めることじゃ、」

「ラーメンっ!」

「あ?」
話の流れをぶった切って唐突にまた食いもんの話題に変わる。

「ラーメン食べに行こう。」

「マジかよっ。」

「絶対今日はラーメンの気分なの。
嫌なの?」
おまえにそんな顔で睨まれて、嫌だと言えるわけがねぇ。

「行くぞ。」

ラーメン屋のテーブルに向かい合って座り、水を飲む俺ら。

「今ならキャンセル出来るでしょ?」
また唐突に式の話題をぶちこんでくるこいつ。

「出来るけどする必要がねーだろ。」

「あるでしょ。うちの親だって、メープルでするなんて言ったらビックリすると思う。
それに…………道明寺にだって……迷惑かけたくない。身内でもなんでもないのに、メープルで便宜をはかるなんてそんな無理しないで。」

そこまで言ったとき、二人の前にラーメンが運ばれてきた。
それを嬉しそうに見ながら、
「もう、この話は終わりっ。
ね、ラーメン食べよっ。」
そう言って、俺に割り箸を渡すこいつ。

俺はそんな牧野の手から箸を受け取り、更にこいつの箸も奪ってやる。
そして、どうしても言葉でしか伝わらねぇこいつに、黙っていようと思ってた男同士の秘密まで
話さずにいられなくなる。

「おまえさ、なんか色々と誤解してるみたいだけどよ、メープルで式をあげることに決めたのは、弟自身だぞ。
俺が口利きした訳でもねーし、便宜もはかってねぇ。
いや、確かに弟には、俺に連絡すれば何とかしてやるって言った覚えもあるけど、結局あいつは連絡してこなかった。」

「でもっ、メープルで式をあげるなんて進には金銭的にも無理なのに、」

「そうでもねーよ。
メープルにはマスコミに知られてる豪華なチャペルのほかにも3つあるんだぞ?
しかも、それが今、若いやつらの中で人気になってるみたいで、キャンセル待ちまで出てるくらいだ。
メープルも時代に合わせて、若いやつらにターゲットをうつした戦略もしてるっつーことだよ。
だから、おまえが金銭的なことを心配するほどメープルは高くねーよっ。」

「……けど、……じゃあ、二人で会ってなに話したの?男の秘密って何よっ」

黙ったままニヤっと笑う俺をじっと睨んだあと、ズルズルとラーメンを食い始めるこいつ。

黙々と何も話さずラーメンを食い続けるこいつをチラッと見ながら思う。
なぁ、おまえの気持ちはどこまで進んだ?
まだ迷って立ち止まったままか?

そう思うと、無性に確かめたくなる。
これを言っておまえがどう反応するか……。

「俺から弟に頼んだんだよ。」

「え?」
ラーメンを食いながら俺のことを見るこいつ。

「弟の式に俺も出席させてほしいって。」

「はぁ?!……道明寺が?」

「ああ。
……おまえの両親に会えるチャンスだろ。
おまえはまだ早いって言うかもしんねーけど、俺はきちんとおまえの両親に挨拶しておきてぇから、おまえには内緒で会うつもりだった。
だから、弟に頼んだんだ。弟から紹介してほしいって。
まぁ、言わねぇつもりだったけど、
これが、男の秘密っつーやつだ。」

そう言って俺は完全に伸びきったラーメンを口に入れる。
相談もなしに親に会うつもりだったことや、それを内緒にしておこうと思ってたことに、こいつはどう思うだろうか。

正統派じゃないやり方を俺自身が痛感してるだけに、こいつの顔を真っ直ぐに見れねぇ。
ラーメンを食うふりをして俯く俺に、何も言わずこいつも再び食い始める。

俺たちの間にそれ以上の会話がないまま、お互い食い終わろうとしていたとき、
突然牧野がポツリと呟いた。

「道明寺、……しようか。」

よく聞き取れなかった俺は、顔をあげてこいつを見ると、あと残りわずかなラーメンを箸で持ち上げながら、こんどは俺が聞き取れるほどの声で言った。

「結婚しようか。」

「…………牧野?」

「……ん?」

「なんて言った?」

「…………。」

「顔あげろって。」

その言葉にゆっくりと顔をあげるこいつ。

「今、何て言った?」

「だから、……けっ、」

「あぁーっ!ちょっと待てっ、ストップ!」
俺は慌ててこいつの口に手を当てて、黙らせる。

「なっ、何よ。」

「バカっ、いいからおまえは何も言うなよ!」

あー、ちくしょーっ!
なんで、いつもタイミングがわりぃんだよっ。
だから、もっと雰囲気のあるレストランで、片手には指輪を用意して、最高級のワインで乾杯しながら、言うはずだったこの言葉を、
今日はよりによって、どうしてこんなラーメン屋で言わなきゃなんねーんだよっ。
しかも、このチャンスを逃すと、またこいつの気持ちが後戻りしかねない最大のピンチ。

もう、時も場所もタイミングも構ってる暇はねぇ。
俺が欲しいのはただひとつ、
こいつからの『イエス』だから。

俺はこいつの手から箸を奪い、器の上に二人分きれいに並べると、真っ直ぐに牧野の目を見て言った。

「牧野、俺と結婚してくれ。」

「……うん。お願いします。」

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