俺はこいつの寝顔を見つめながら考える。
今日、おまえに何があった?
結局、最後まで何も話さなかった牧野。
今も眠っているはずなのに、俺の体にぴったりくっついて、離れようとしねぇし、眠りにつくまで不安そうな目をしていた。
明日だってお互い仕事なのは変わりねえし、一日中側にいてやることなんて無理なのはわかってるけど、こんなこいつを一人にしておきたくねえ。
明日、牧野が目覚めたらもう一度きちんと話をしよう。
内容によっては、こいつを邸に連れてくことも考える。
そんなことを考えながら、俺は眠りについた。
次の日の朝、牧野の携帯の音で目が覚める。
時計を見ると、朝6時。
そろそろ起きる時間だからしょうがねぇけど、誰だよっ、朝から。
「もしもし?あっ、野沢さん?お疲れ様です。
…………えっ!ほんとっ?
どーいうことそれっ!」
朝っぱらの電話だっつーのに、でけー声で話し始めた牧野。
「うん…………うん…………配線?
そうなのーっ!ハハハハーハハハァ~……。
ちょっと!怖かったんだからー!」
笑ったり怒ったり忙しー奴だなっ。
上半身を起こしてベッドに座る俺に気付いた牧野は、声は出さずに口だけで、
「おはよ」と、動かす。
俺は返事の代わりに、チュッとキスをする。
「それで?なおったの?
そっかぁー…………うん…………うん、
ほんとに怪奇現象だと思ったんだからっ!
あたし、あんな怖い思いしたのはじめて。
うん…………わかった。はーい、じゃあね~」
電話を切った牧野が、ギュッとおれに抱きついてくる。
さっきの電話で何となくこいつの気分が浮上したのはわかる。
「それで?おまえの不安はなくなったのかよ?」
「……うん!」
「全部?」
「全部。」
「じゃあ、もう何があったか話してくれるんだよな?」
「…………あのね、」
昨夜牧野は準夜勤務だった。
夜10時、消灯時間も過ぎた頃、ナースセンターにコールが響いた。
部屋番号を確認して、コールのあった患者部屋へ向かったが、部屋に入るとそこは誰にも使われていない部屋。
おかしいと思いながらも、一応部屋のなかに入り、異常がないことを確認するとナースセンターに戻るが、またしても10分後にコールが響く。
間違いなくさっきの部屋。
再び確認に行くが、もちろん誰もいない。
そんなことを4~5回繰り返しつつも、勤務交代の時間になり、先輩看護婦にその事を話すと、
「昔からあの部屋は幽霊部屋で有名なの。
だから、今は誰にも使わせていない。
あの部屋で人影を見てしまった人は、呪われる」
それを聞いた牧野は、怖くなって…………。
それが、こいつを挙動不審にさせてた原因。
そうなんだよっ。
こいつは、あの、誰もが恐れるうちのくそババアには全くひるまねぇっつーのに、幽霊とかには意外に弱いんだよなっ。
まさか、こんなことであんな弱った小鹿のような目で怯えてたのかと思うと、すげー笑える。
けど、それと同時に俺の体から緊張が解けるのがわかる。
どんだけ余裕ぶってても、牧野に何かあったと考えるだけで、俺は知らねえ内に体に力が入っちまう。
今日だって、牧野の側にいながらも、まさかストーカーか?ババアになんか言われたか?
俺と別れてーと思ってんのか?とか、色々くだらねぇことも考えた。
だから、結局幽霊騒ぎだったと聞いて、めちゃめちゃ安心する。
「そんで、幽霊はほんとだったのかよ?」
「それがね、昼間に電気の配線工事があったらしくて、ナースコールも配線ミスだったらしいの!あんまりあたしが怖がるもんだから、先輩面白がって、幽霊話を作り出したんだって。
もうっ!今日先輩に会ったら、許さないっ!」
頬を膨らませて一人怒ってる牧野がすげー可愛くて、俺はそのままベッドに押し倒すと、
「俺はその先輩とやらに感謝だな。」
「えっ?」
「おまえが俺に甘えてくるなんて、滅多にねえし、すげー可愛かったから。」
「っ!道明寺…………側にいてくれて……ありがと。」
そのままベッドで出勤前の残り少ない時間をじゃれあって過ごす俺ら。
言葉には出さなかったけど、
なぁ、牧野。
俺が一番嬉しかったこと、何かわかるか?
おまえが不安に思ってるとき、一番に俺に頼ってくれて、一番に側にいてほしいって思ってくれて、一番に甘えてくれた。
そう、
俺はいつだっておまえの一番がいいんだよっ。
Fin
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