小話(司様の彼女2)

小話

「坂田さん、司様にお茶出してもらえる?」

「えっ、私ですかー。」

「そんな嫌な顔しないっ。」

そう言って先輩の吉川さんは苦笑いしながらリネン室へと行ってしまった。

私がこの邸でお仕えする旦那様は、
私と同じ年の、道明寺司様。

司様は道明寺財閥の一人息子で日本支社の副社長という凄すぎる肩書きをお持ちになりながらも、
それに恥じない美貌と頭脳、立ち振舞い、
すべてが完璧のお人。

そんな司様に私はこの邸に来る前から、密かに憧れ、淡い恋心を持っていた。

トントン。
「お茶をお持ちいたしました。」

司様のプライベート空間へ入れるのは、お茶を出すときか、お掃除の時だけ。
お掃除は司様のいない時にやってしまうので、唯一私が司様のお近くに寄れるのはこのお茶の時だけなのだ。

だから、嬉しくないはずがない。

だけど、…………
「そこに置いといてくれ。」
そう言ってデスクに向かいお仕事に励む司様のお部屋には、今日もピリピリとした空気が流れている。
ここ数日、邸に戻られてからも寝る時間を惜しんで仕事に向かわれている司様。

先輩の吉川さんによると、今までも何度かこういうことがあったそうで、その努力のあとは必ず大きな取引を成功させ世間を驚かせてきた司様。

今回も使用人たちすべてが成功を祈って、司様にお仕えしているわけだが…………
それにしても、…………心臓に悪い。

お茶を出す手が震えるくらい、張り詰めた空気が部屋を包み込む。
キーボードを打つ音だけが、鳴り響く。

あー、もうっ、緊張した!
次は絶対吉川先輩にやってもらおう。

そう思いながら、司様の部屋を出て使用人の休憩室に行こうと歩いていると、廊下の向こうから牧野様がこちらに歩いて来るのが見えた。

牧野さまと目が合い、立ち止まり深く頭を下げる私に、
「坂田さん、こんにちは。」
と彼女も頭をピョコンと下げる。

「道明寺、います?」

「はい、いらっしゃいます。」

私の返事にニコッと笑った牧野様は、もう一度頭を下げて司様の部屋へと歩いていった。

そう、彼女こそが
『司様の最愛の彼女。』
どこぞのお嬢様でもなく、特別美人でもない。
本当に、そこらにいる『普通の人。』
だけど、私たち使用人は知っている。
牧野さまの凄さを。

誰にでも礼儀と感謝を忘れず、常に周りを明るくする牧野様。
さっきだってそう。
「坂田さん、こんにちは。」
何気なく普通に言った挨拶だけど、私は驚いた。

個人的にお話ししたことなんかなかったし、自己紹介をする機会なんてなかったはずなのに、私の顔を見てすぐに名前を呼んだのだ。

そんなちょっとしたことの積み重ねで、今では私たち使用人は牧野さんのファンになってしまった
。司様だけじゃなく、私たちまで彼女が邸に来ることを心待ちにしている今日この頃。

「どうだった?」

「相変わらず。」

休憩室に戻った私に使用人仲間が声をかけてくる。

「あっ、でも牧野さまと廊下ですれ違ったから、今日は機嫌いいんじゃないかなー。」

「ほんとっ?よかったー。
司様のピリピリモードを癒せるのも牧野さましかいないしねー。
とりあえず、司様の仕事が片付くまで牧野さまには泊まり込みでいてもらいたいくらいだわっ。」

「あははー、ほんとそうだよね。
でも、牧野さまも看護士の仕事で忙しいからそうもいかないでしょ。」

タマさんがいないことをいいことに、好き勝手なことを話す私達。
と、その時、トントンと部屋をノックする音がした。

「どうぞ。」

「あのぉー、少しお邪魔してもいいですか?」
扉の隙間から顔を出したのは、……牧野様だった。

慌てて立ち上がり、身だしなみを整える私たちに
「あっ、いや、暇だから皆さんとお茶でもしようかなーと思って。
これ、クッキーなんですけど一緒に食べません?患者さんから差し入れで貰ったものなんですけど、うちの病棟、甘いものが苦手な人が多くて自然と私に集まってきちゃうんですよ。
嬉しいけど、太っちゃうでしょ。だから、皆さんにも食べるの手伝って貰おうと思って。」

そう言ってクッキー缶2つを嬉しそうに掲げて見せる牧野さまは、やっぱり年下の無邪気な女の子にしか見えない。

結局、使用人5人と牧野さまも加わり女子トークに花が咲き、一時間近くも話し込んでしまった。
そろそろ仕事に戻らなければ……

「司様を一人にして大丈夫ですか?」
吉川先輩が牧野さま聞く。

「ん、大丈夫。たぶんあともう少しだから。」
たったそれだけの言葉だったけど、牧野さまは司様のことをすべて理解してるんだなぁと思わせるには十分な言葉だった。

それから30分たった頃、
「またここにいたのかよ。」
そう言って、司様が使用人部屋に入ってきた。
一瞬にして部屋の空気が張り詰める。

なぜなら、当の牧野さまはソファで座りながら……眠っているのだから。

「お疲れのご様子でしたので、そのままにしておりました。申し訳ありません。」
吉川先輩が司様に頭を下げると、

「いや、いい。
悪かったな、おまえらの休憩室なのに。」
そう言って牧野さまの横に起こさないようゆっくりと座った司様。

私たちはそんな二人を視界にとらえながらも、邪魔にならない距離をとる。

すると、司様は眠る牧野さまの髪を一束つかむと、指先でクルクルと弄びながら、小さな声で
「起きろよバカ。久しぶりに会ったのに寝てんじゃねーよ。」と呟いた。

その声があまりにも甘くて優しくて、私は胸がキュンと苦しくなる。たぶん他の使用人も同じだろう。
起きろよ、と言いながらも髪を触る指も話しかける声も、どれもが牧野さまを起こさないように大事に大事に気遣われている。

その時、たぶん司様の携帯なんだろう。
ピピピ…………と、くぐもった機械音が部屋に響いた。
慌ててズボンのポケットから携帯を取り出した司様は、牧野さまを起こさないようにすばやく電話に出ると、
「ああ、…………そうだ…………ああ、
わかった。…………あとは、任せる。」
そう短い会話で電話を切った。

そして、私たちにも聞こえるくらいの音で一つ大きく息を吐き、携帯をソファに放り投げると、
再び牧野さまに視線を戻した。

「おまえも疲れてるんだな。
やっと俺も一段落したから、二人でゆっくりしようぜ。」
そう牧野さまに話しかける司様の顔は、さっきまでのピリピリした雰囲気は全く感じられず穏やかなものに変わっていて、一つの大きな仕事が終わったことを意味していた。

そんな二人を横目に私たちは仕事へと戻った。
そして、再び私が休憩室に戻った頃、
そこには、ソファの上で座る牧野さまの膝に頭をのせて眠っている司様の姿。

驚いた私に、
「ごめんなさい。道明寺、全然起きなくてっ。」
そう言って顔を赤らめる牧野さま。

「いえ、いいんです。ゆっくり休んでください。」
私はそう言って、再び二人と距離をとった。

私と牧野さまと司様。
とんでもない組み合わせで戸惑っていると、司様が少し寝返りをうった。

「道明寺?…………道明寺、起きて。」
と牧野さまが呼び掛けるが、司様は起きる気配がない。

それを見て、牧野さまは諦めたのか
「もうっ、久しぶり会ったのに寝ちゃった。
…………疲れたんだね。
でも、よかった。仕事終わったんでしょ?
…………少し二人でゆっくりしたいな……。」
そう呟いて、司様の髪を撫でていく。

どこかで聞いたような言葉。
そう、さっき牧野さまが寝ているときに司様が話しかけていた言葉とほとんど同じことを牧野さまも話しかけている。
二人で会話したわけでもないのに、顔を見ただけで 分かるなんて…………。

あぁ、私がお仕えする方がこのお二人で良かった。
想い想われ
愛し愛されているお二人。

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