「結婚しよう。」
ずっと牧野に伝えたかった言葉だけど、あの日あの時言うつもりはなかった。
もっと眺めのいいレストランで、片手には指輪を用意して、最高級のワインで乾杯しながら……
そんなシチュエーションを用意するはずだったのに、実際はあいつの部屋で二人座るのがやっとのソファに座り、何の前置きもないまま唐突に言っちまった。
けど、口に出してあいつに伝えたことで、更にその想いは強くなり、言葉通り結婚に向けて俺の心は動き出している。
「道明寺、くすぐったい。」
「いーじゃん、もう少し。」
今日も仕事帰りに牧野の部屋に寄り、ソファの前にまったりとくつろぎながら、肩まであるストレートのこいつの髪をクルクルと指に絡ませ遊ぶ。
「そろそろ美容室にいく時期かな。」
「切るのか?」
「んー、思いきって短く切ろうかな。
毛先も痛んできてるし……。」
「あんまり長さは変えるなよ。」
俺のその言葉に、少しだけ驚いた顔をして、
「長い髪がタイプなの?」
と、からかうように聞いてくる。
「ちげーよ。」
「じゃあ、なんで?」
そう首を傾けながら聞くこいつの髪を、うしろからひとつにまとめてやり、アップに持ち上げる。
そして、顔を覗き込むようにして言ってやる。
「ウェディングドレスには髪はアップがいいんじゃね?」
「っ!……ウェディング……って、まだまだ先の話でしょ。」
「そうなのか?まだ決心してねーのかよ。」
「うー、…………。」
最近の俺らの会話にはちょくちょく結婚というキーワードが出てくる。
こいつからはっきり返事をもらった訳じゃねーけど、一緒にいれば分かる。
こいつもきちんと考えてくれてるってことを。
現に、今も少しだけ顔を赤くして俺の熱い視線から目線はそらしているけど、たぶん、いや絶対に、こいつは髪を短くは切らない。
それが、今こいつからの精一杯の答えだと思って、焦らないで待つつもりだ。
「なぁ、弟の連絡先、教えろ。」
「え?なんで?」
「なんでもいーだろ。男同士の秘密だ。」
「はぁ?気持ち悪いなぁ。」
「いいから教えろよ。」
弟がこの部屋を出ていってから、会う機会がなかった。
結婚式のことも俺に任せろと言ったはずなのに、弟から何も言ってこない。
確か、結納は先月に済んだはずだから、あとは式の日取りだろう。
「よぉ、弟。」
「支社長っ!」
あれから数日後、牧野からゲットした番号にかけると、驚いた声で弟が電話に出た。
「元気か?」
「はいっ!ど、どうかされましたか?」
「ああ。近いうちに会えねぇか?
話があるんだけどよ。」
「話……ですか。
まさか、ねーちゃんと何かありました?
別れたんですか?」
「弟、冗談でもそういうこと言うな。
別れるはずねーだろっ。」
「すっ、すみません!」
「今週、弟の都合のいい日に連絡してくれ。
男同士で少し飲もうぜ。」
「……はいっ!」
結婚までの道のりには小さな山から大きな山まで待ち受けている。
数日で登りきれるのものと、もしかしたら数年かかるものもあるかもしれない。
牧野と二人でその山を登りきるために、俺は先に地ならしをしておくつもりだ。
牧野が安全に、安心して登りきるために。

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次回作も練っていますが、お話が途中で止まっているストーリーがありますので、そちらも加筆していこうかなと考えています。お楽しみに。
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