年が明け、年末から実家に帰省してた牧野が1週間ぶりに東京に戻ってくる。
明日から仕事はじめの道明寺財閥。
俺も例外なく、今日までゆっくりとさせて貰い、昼から空港にあいつを迎えに行った。
牧野を乗せて、空港からマンションまでの帰り道、
「寂しかった?」
と、からかうこいつに、
「ああ、責任とれ。」
と、真顔で言ってやると
「……お土産あるけど食べる?」
と、話をそらしやがる。
そして、運転する俺の口に丸いドーナツみたいなもんを近付けてくる。
「なんだよ、それ。」
「サーターアンダギー。」
「何語?」
「プッ……沖縄のお菓子。」
牧野の両親がいるのは沖縄。
牧野が就職して沖縄旅行をプレゼントしたのをきっかけに、あっちに住み着いてしまったらしい。
今は向こうで知り合いのホテルを手伝いながら、夫婦気ままに南国生活を楽しんでいる。
「他にもたくさんあるよ。
ハブの毒まんじゅうでしょ、それとパイナップルキャラメル、定番のソーキそば。」
俺には想像もつかねぇものばっか。
楽しそうに鞄からそれらを見せて、ひとつひとつ説明しながら、さっき俺に近付けてきたドーナツを食べるこいつ。
口の回りに砂糖が付くのを、ペロリと舌でなめる仕草が、久しぶりに俺の体を熱くさせる。
じっと見つめる俺に、
「ん?食べる?」
そう言って、食べかけのドーナツを差し出してくるこいつに、信号が赤なのを利用して、今年初めてのキスをする。
「あめぇ。」
「サーターアンダギーの味。」
「他のもこうやって食わせろ。」
「…………他にはねー、あ、長寿のお茶もあるよ。」
また話をそらしやがる。
「長寿のお茶?」
「そう。
長寿のお茶と長寿のお酢、それと長寿カステラ。
あわせて長寿シリーズです。
こんなにたくさんどーしよ。
ママが持たせてくれたんだけど、食べきれないよ。」
渋い顔でスーツケースを見つめる顔がかわいくて、プッ……と吹き出すと、
「ちょっと、何笑ってんのよ。
道明寺も責任もって一緒に食べてよ。」
そう睨んでくる。
そんな会話をしながら、ふと長寿シリーズが一番必要な奴を思い出す。
「なぁ、……あのよ、少し時間あるか?」
「ん?あるよ。」
「その長寿シリーズ、食わせてやりてぇ奴がいるんだけど、少し寄ってもいいか?」
「え?もちろん!是非っ!」
こいつの返事を聞いて、向かったのは俺の家。
道明寺邸。
牧野と付き合い出してはじめて連れてくる邸。
何かと機会を狙っていたが、一度次の日が休みの時に二人でゆっくり過ごそうと誘ったら、
「結婚もしてないのに、ご実家には泊まれない。」
と、古風な理由で断られた。
それからは、時間とタイミングが合わず招くことが出来なかったが、今日なら夜までゆっくりして、あとでマンションに送ればいい。
邸の敷地内に車を走らせていくと、しきりにキョロキョロと窓の外を眺めるこいつ。
その姿に笑いが漏れるのを堪えて、
「着いたぞ。」
そう言って、こいつの手を引いてエントランスへと向かった。
エントランスにはタマをはじめ、数人の使用人の姿。
「おかえりなさいませ。」
そういつもの出迎えを受けたあと、固まる牧野の手を引いてタマの正面に立った。
「お早いお戻りでしたね、坊っちゃん。」
「タマにいいものやろーと思って、一旦戻ってきたんだよ。」
「いいもの……?」
「タマ、先に紹介する。
俺の彼女の牧野。」
俺は牧野の背中に手を置き、大丈夫だ、と伝えるように優しくゆっくりと上下する。
「はじめまして。
牧野つくしです。
突然お邪魔してすみません。」
そう言ってペコリと頭を下げる。
「使用人頭のタマです。
坊っちゃんからお話は聞いています。
どうぞ、お部屋へ。」
タマはそう言って、客間へと俺たちを案内する。
長い廊下を歩きながら、
「ご実家に来るなら、そう言ってよ。
ジーンズで来ちゃったじゃないっ。」
そう小声で話す牧野に、
「気にすんな。」
そう言って頭を撫でてやる。
友達が来たときに通される、比較的小さな客間に入った俺らは
「タマもそこに座れ、いいもの見せてやる。」
そう言って牧野が渋るのを無視して、タマに長寿シリーズを見せてやる。
「牧野の土産だ。タマに一番必要だろ。」
「道明寺っ!あの、うちの母親が体にいいからって持たせてくれたんです。
これだけじゃなくて、他にも色々あって、食べきれないし、結構おいしいので一緒にいかがですか?」
「沖縄かい?」
「はい。」
「長寿カステラ、美味しそうだね。」
「どうぞ、食べてみてくださいっ。」
「じゃあ、遠慮なく。紅茶でいいかい?」
「俺たちは紅茶でいいけど、タマは長寿茶にしろよ。」
「道明寺っ!」
そんな会話をしながら、牧野の土産を広げ、沖縄話を聞くタマ。
昔、タマも沖縄に行ったことがあるらしく、広い空と青い海が素敵だったと珍しく興奮して話してる姿を見て、牧野を連れてきて良かったと感じる。
30分ほど話したところで、俺の携帯が鳴る。
「わりぃ、西田からだ。
少し席外す。」
牧野に目で大丈夫か?と聞くと、
「苛めたりしませんよっ、安心して仕事してきてくださいなっ!」
とタマ。
「お茶してるから大丈夫。行ってきて。」
と牧野も微笑むのを確認して客間をあとにした。
思いの外、電話が長引いて、客間に戻った時にはそこはもぬけの殻。
牧野のコートがソファに置いたままなので、帰ってはいないはず。
ティーセットを片付けにきた使用人に、
「タマとあいつは?」
そう聞くと、
「ダイニングに移動しました。」
と言う。
なぜ、ダイニング?と思いながらも、足早に向かうと、ダイニング横の調理室から楽しそうな声が響いてくる。
そっと調理室の扉を開けて中を覗くと、
牧野を囲んでタマとあと3人の使用人たちが何やら鍋で料理しているところらしい。
「何してんだよ。」
俺の声に、驚く牧野と、固まる使用人たち。
「ソーキそば作ってたの、道明寺も食べる?」
「うまいのか?」
「わかんない。」
即答のこいつ。
話を聞けば、牧野以外だれもソーキそばを食ったことがないらしい。
皆さんで食べてくださいとタマに渡したそばを、作り方も分からないと言ったところ、牧野が実践して作ることになったらしい。
手際よく6人分のそばを作っていく牧野。
それを横で手助けするタマと使用人。
出来上がったそばは、ダイニングに運ばれることなく、その場で熱々を食べることに。
「どう?おいしい?」
俺の隣でそう聞くこいつに、
「微妙。」
と正直に言うと、
「美味しいよ。」
とタマがフォローする。
正直言って味なんてほとんど分かんなかった。
なんつーか、懐かしいっつーか、あったかいっつーか。
牧野がこの邸にいるたけで、家族とか家庭とか、俺が与えられてこなかった温かいぬくもりが一気に押し寄せてくる。
こいつと暮らすってことは、こういうことなんだろうな。
そう思うと、その日が待ち遠しくて堪らない。
「ありがとね、美味しかったよ。」
「いえ。」
タマと牧野のそんな会話を聞いて、胸が熱くなる俺がいた。
すっかり日も落ちて、牧野のマンションまでの帰り道、車に乗り込んだ途端、何も話すことなく窓の外を見つめたままのこいつ。
「疲れたか?」
そっと髪を撫でてやると、
「ううん。」
と小さく返事をしたまま、また黙る。
結局、ほとんど会話らしいものはせずにマンションに着き、部屋までスーツケースを運んでやると、珍しく玄関で牧野から俺に抱きついてきた。
「どうした?」
「…………。」
黙ったまま頭だけ振る牧野。
「さっきからおまえ変だぞ。」
「…………。」
「牧野、」
俺はいつもするように、少しだけ腰を屈めてこいつの顔を上に向かせ、キスをしようとしたその時、
牧野の顔を見て、固まった。
「おまえっ、……なんで泣いてんだよ。」
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