日本に戻ってきて9カ月。
牧野と正確に付き合い出して半年。
順調に距離を縮めてる俺たち。
もうあいつからの「道明寺」呼びが定着しつつあるこの頃、俺には少しだけ不満がある。
それは、社内では俺たちのことは完全に秘密扱いだと言うこと。
「なんでだよっ。」と反論する俺に、
「仕事がやりずらい」の一点張りのこいつ。
それに輪をかけて、滋からも
「女の妬み、恨みは半端ないよ。
つくしがそういう女たちの餌食になってもいいの?」
と脅されて、俺はしぶしぶここまでおとなしくしてやってる。
だけど、だけどだけどだけどっ、
今日も社のエントランスで見かけたあいつは男と楽しそうに話してやがった。
総務の仕事っつーのは、あんなに社の部署を回ったり、宅配業者と話したり、男との接触が多いのかよっ。
次の人事ではあいつは確実に異動対象だな。
そう思いながらも、イライラがつのる。
なぁ、牧野。
俺たち最近、ゆっくり会ってねーよな?
電話で話すくらいで、ここ2週間まともにおまえの顔を見てねーよ。
おまえに触れたのはいつだよ。
確か、もう3週間も前のことだぞ?
…………おまえはそれで平気なのか?
そんな風に考え出すと、我慢の糸がプツリと切れる音がする。
「西田、少し出てくる。」
「どちらに?」
「総務課」
「……大丈夫でしょうか?」
「何がだよ。」
「いえ、…………牧野さんによろしくお伝え下さい。」
久しぶりにくる総務課のあるフロア。
午後の一番忙しい時間だからか、ほとんどのやつがパソコンに向かってるか電話に出ているかで、誰も俺に気付いていねぇ。
お目当てのあいつを見つけて近付くと、電話で誰かと話してる最中。
俺はそのまま牧野の正面の空いてるデスクの椅子に座りじっとこいつを見つめると、その視線に気付いたのか、俺を見て固まる。
それでも、電話の会話は続いているようで、
慌てて応対してるとこが可愛くて、見入っていると、
「支社長っ!」と違う方から声がした。
一つ席を挟んで俺の隣に目をやると、
むちゃくちゃ驚いた顔で俺を見る女。
たぶん50近いだろう、少し太めのそいつが、
キョロキョロと回りを見回したあと、
「どうしてここに?」
と聞いてきた。
聞いてきたのはそっちなのに、俺が答える前に、
「あー、そうでしたね。」と
牧野を見てニヤニヤ顔。
「牧野さんでしょ?もうすぐ電話終わると思いますよ。
支社長……、前に牧野さんのこと『俺の』って言ってましたけど、あれ、ほんとですか?」
「……あ?」
「いや、あの言葉の意味、気になってたんですよね。
……牧野ちゃん、可愛いですもんね。
歳のわりにはしっかりしてて、面倒な仕事も嫌な顔しないで引き受けてくれるし、業者さんにもきちんと挨拶出来るし……」
この女、分かってんじゃん。
俺と話が合いそうだ。
そう思った次の瞬間、俺は固まった。
「だから、うちの息子の嫁に来てもらえたらなぁーって。」
「…………あ?」
「いえ、もしも、もしも支社長と牧野ちゃんがなんともない仲なら……ですけど、」
その時、ちょうど電話を終えた牧野が、
「支社長っ」と
小声で俺を呼ぶ。
嫁に来てもらいたい…………?
ふざけんなっ!
こいつは俺のだ。
叫び出しそうなところを必死で抑えて、
俺は牧野の顔をじっと見る。
フロアにいるやつらが徐々に俺に気付き出してきてザワザワしてる中、俺はこいつが怒るのを覚悟で勝負に出ることにした。
もう他の女に妬まれようが恨まれようが、こいつのことは俺が守る。
「牧野、今日何時に終わる?」
「…………え?」
みんなの視線を集めるなか、正面に座るこいつを見つめて言う。
「久しぶりに二人でゆっくりしようぜ。」
「……なっ、……何言って」
「俺の部屋にくるか?
それともおまえの部屋に行くか?」
「ちょっと……何っ」
「明日休みだから、泊まっていけよ。」
「道明寺っ!」
プッ……自分で墓穴掘ってやがる。
「仕事終わったら連絡しろ。」
牧野が俺を信じられねぇもんを見るような顔で見つめてるのを横目に、
俺はこいつのデスクにある飲みかけの野菜ジュースをつかみ、刺さってるストローを使って一口飲んだあと
「じゃあな。」
とフロアを後にした。
たぶん、午後からの仕事はほとんど使いもんになんねーだろうなあいつ。
そして、今日の夜は甘いというよりも、苦い夜になるかもしれねえ。

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