「ピルで妊娠を予防するような相手がいるのかよっ。」
道明寺が怒ったように言うその言葉を、すぐに理解できないあたしは頭で何度も復唱する。
すると、待ちきれなくなった道明寺が、あたしの身体を引き上げ乱れた布団の上に座らせる。
つい数分前まで甘い時間を過ごしていたはずなのに、今は裸のまま向かい合い睨まれている。
慌ててあたしは近くにあった浴衣で身体を隠し、言った。
「道明寺、あんたなんか勘違いしてる。」
「ピルってそういうもんだろ。」
「そういうって、」
「妊娠を防ぐ薬。」
道明寺がそう断言する姿に、じわじわと怒りが込み上げる。
「あのねっ、ピルはそんな単純な薬じゃないのっ。
毎月くる生理にあたしたち女性はどれだけ苦しんでるか。
特に仕事をしていれば、生理の日は憂鬱だし、頭もお腹も痛いし、白い制服が気になって何度もトイレに行かなくちゃならないし。
ピル、イコール妊娠防止薬なんて、ありえない…。」
怒るあたしに、道明寺が視線を逸らしながら言う。
「……おまえの言うタイミングがわりぃ。」
「え?」
「あのタイミングで言われたら、中出ししてもいいって男に言ってるようなもんだろ。」
道明寺にそう言われ、さっきの事を思い出す。
確かに、後処理をしている男の人に対して、ピルを飲んでいる事を思い出して言う女。
それってつまり、次は付けなくてもいいよと伝えた事になるって事?
違うっ、違うっ!あたしはそんなつもりで言ったんじゃない!セックスとピルを結びつけて考えた事なんて今まで一度もない。
いや、でも、待って。
確かにあの時咄嗟に、ピルを飲んでいるから大丈夫なんだって思ったのは間違いないし……。
考えれば考えるほど、誤解されるような自分の発言が憎い。
でも、それって、あたしだけじゃないでしょ!
「道明寺だって、そうでしょ!」
「あ?」
「普段からこういう事があった時の為に、ゴムをいつも携帯してるの?」
道明寺が鞄の中から出した小さなポーチ。
あそこからスムーズにゴムを取り出した動作は慣れているようにも感じた。
「違っ、ばかっ、誤解すんなっ。」
「どうだか、怪しい…。」
立場逆転。
あたふたする道明寺は布団から立ち上がり、ゴムが入っていた小さなポーチをあたしの目の前に持ってくる。
そして、その中身を全部布団の上に広げて言った。
「西田が毎回用意する出張道具だ。」
そこには高そうな爪切りや耳かき棒、頭痛薬やアレルギー薬、使い捨ての耳栓やアイマスクが入っている。
「この中に、毎回入れやがる。
使わねぇって言ってんのに、何かあったら困るからって律儀に一枚だけ。
邪魔くせぇと思ってたけど、今日初めて良かったと思った。これがなきゃ、逃げようとするおまえを逃してたかもしんねーから。」
そう言いながらゴムが入っていた袋をヒラヒラと振り笑う道明寺。
「普段の素行が悪いから、西田さんにそんな心配させるんでしょ。」
「ちげーよ。
神に誓って言う。俺はおまえだけだ。」
また道明寺の瞳が熱っぽく光る。
その視線を思いっきり避けようとするあたしに、
道明寺はクスッと笑いながらジリジリと距離を縮めてくる。
「な、なによっ。」
「なにって、まだ夜は長いから楽しもうぜ。」
「そ、そうだね、花火は終わっちゃったから、お酒でも呑む?」
あたしはこんな事を言うことさえ心臓がバクバクしているのに、道明寺は布団を片手でトントンと叩きながら余裕の表情で言う。
「ここでする事はいくらでもあるだろ。
朝までたっぷり過ごそうぜ。」
……………
牧野と過ごす2泊3日の旅行はマジで最高だった。
幸には悪いが、思う存分恋人気分を味わえて、すっかり脳内はお花畑状態。
そんな甘い時間も、邸が近づくにつれ現実に引き戻され、明日からはいつもの生活に戻る俺たち。
だからこそ、きちんと話しておきたい事がある。
助手席に座る牧野に視線を移し、
「牧野。」
と、名前を呼ぶ。
「ん?」
「一緒に暮らさないか?」
何度もチャンスがあったのに、逃してきたその言葉を口にする。
すると、牧野が驚いたように俺を見る。
「驚く事じゃねーだろ。
俺はおまえと正式に籍を入れて、3人で一緒に暮らしたい。」
「…道明寺、」
「ん?」
「少し時間が欲しいの。
幸の気持ちを最優先したいから。」
牧野からは予想していた通りの言葉。
だから、言ってやる。
「ああ、分かってる。
いつまでも待つつもりだ。」
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