今日はいつもより30分早く出社した。
まだ総務課のメンバーは誰も出社していない。
少しだけ緊張しながら、全員のデスクを白い布巾で丁寧に拭いていく。
なんて説明しよう…………。
支社長とのこと聞かれたらどうやって言えばいいだろう……。
昨日からそんなことばかり考えて、あまりよく眠れなかった。
全員のデスクを拭きおわり、給湯室でお茶を用意しフロアに戻ると、総務課の全員がもう席についている。
あたしが近付くと、みんなニヤニヤ顔で好奇心いっぱいの目を向けてくる。
特に、あたしの向かいに座る一回り年上の三井さんなんて、早く話しを聞きたくてウズウズしてるかんじ。
あたしはさりげなく目線をそらし、まずは課長の前に行く。
「課長、昨日は、」
…………すみませんでした。
そう続けたかった言葉は、突然鳴り出した電話でかき消された。
その電話を合図にしたかのように、立て続けに鳴り響く総務課の電話たち。
どこだかのフロアの電源が入らないとか、
昨日届くはずの備品がまだ届いていないとか、
セキュリティの解除が出来ないとか、
なんで、今日に限って……と思うような内容のものばかりだけど、全部総務の仕事。
課長に頭を下げようとした体勢で固まっていたあたしにも、
「牧野さん、管理会社に電話してくれる?
すぐ来てもらって。」
そう言われ、慌てて席へ戻り受話器を取った時、
ふと昨日支社長とした会話を思い出す。
「あー、明日仕事行くの憂鬱。」
「上司としては聞き捨てならねーな。」
「原因を作った本人が言うな。」
「付いていってやろうか?」
「余計、現状悪化するからいらない。」
「ぷっ……。」
そんなやり取りに楽しそうに笑う支社長。
「逆に、ものすっごく忙しければいいのにな。
みんな出払っちゃうくらい。
そしたら、誰もあたしに尋問しないでしょ。
朝からバタバタして、電話が鳴りっぱなしみたいな?」
そんなあたしの冗談を真に受けたあの人が仕組んだのが、たぶん今目の前の現状。
受話器を持ったまま、笑えてくる。
どこまであの人はバカなんだろう。
そして、どこまであたしに……甘いんだろう。
管理会社に電話しながらあたしはこっそり携帯を取り出して、
『お陰様で、ものすっごくバタバタしてます。』
それだけ送信すると、
『そりゃ、よかった。
午前中はたぶんそんなかんじだ。
無理すんなよ。』
そう返ってきた。
昨日1日休んだ俺は、いつもより早めに出社した。
誰もいないと思ったオフィスにはもうすでに西田の姿があり、部屋の空調を整えているところだった。
「おはようございます。」
「おう、昨日はゆっくり休めたか?」
「はい、お陰様で。」
気になる。
西田の『お陰様で』の意味が気になる。
好きな女とでもゆっくり過ごせ、と言った俺に、
そうさせて貰います。と返事をした西田の昨日の行動が気になる。
それを聞きたい衝動をこらえて、俺は西田に紙袋を手渡した。
「西田、これ修理に出しておいてくれ。」
「はい。」
そう返事をして受け取った西田が、中身を確認して珍しく固まっている。
「……あのぉー、これは、……支社長のものではないですよね……。」
「あたりめーだろ。俺がそれを履くように見えるか?」
「いえ、全く。
それでは…………牧野さんのものでしょうか。」
「ああ。」
そう返事をしたきり、西田から何も言ってこない。
チラッと西田に視線を移すと、こえーくらいに俺をガン見してきやがる。
「な、なんだよっ。」
「支社長っ!」
珍しく西田がでかい声を出した。
「私の記憶が間違いでなければ、この靴は以前NYで大停電が起こった日に、支社長に頼まれてお作りした靴ではないでしょうか。」
マジな西田の目がこえー。
「…………。」
「それがなぜ…………牧野さんが…………
……まさか、」
「西田、うるせーこと言ってねぇで仕事しろ。」
「いや、でもっ、」
「時間がもったいねぇだろ。
西田、俺はな、今までみたいに毎日遅くまで、しかも土日も休みなく働くことはやめたからな。
これからは、早めに出社する。
夜にしてた仕事は朝に回せ。
だから、その分夜は少し俺の自由に使わせろ。」
「はぁ、でも支社長は朝は苦手ですよね。」
「苦手でもやるって決めたらやるんだよっ。
俺の人生かけた恋愛なんだから、おまえも少しは協力しろっ。
邪魔したら許さねぇからなっ、西田、分かったか?」
人生かけた恋愛……言ってる本人が一番むず痒いけど、その言葉通りだからしょーがねぇ。
「…………はい。わかりました。」
4年分の片想いが、やっと実って気持ちが通じた今、誰にも邪魔させねぇし、もっと二人の時間を共有したい。
もちろん、その分の努力はする。
女にうつつを抜かして仕事が手に付かないような男になるつもりはない。
ビジネスの世界、結果を残してなんぼ。
今までやってきたスタンスは変えない。
牧野を手に入れたからこそ、仕事にも張りが出る。
そして、絶対にあいつを離さないし、この手で
………幸せにする。
俺の胸ポケットの携帯が鳴る。
開くとあいつから、
「お陰様で、ものすっごくバタバタしてます。」
のメール。
この総務課をバタバタさせるために、俺が何をしたか西田が知ったらすげー怒られるだろうな。

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総務課の牧野さんもたまにはお楽しみにください♡
コメント
こんにちは。
初めてコメント残しています。
昨年たまたまたどり着いてそれから更新を楽しみにしている1人です。
ビターな2人も気になる展開になり楽しみにしていますが、総務課の牧野さん!すごく好きなストーリーなので久しぶりに更新して下さりありがとうございました( ´艸`)
いろいろ世の中大変ですが、これからもお身体に気をつけて、ワクワクドキドキするストーリー楽しみにしていますので更新頑張ってくださいませー(((о´∀`о)ノ♡ヽ(о´∀`о)))
ありがとうございます!
総務課の牧野さんも楽しんでいてくださって嬉しいです♡
くりんさんもお体ご自愛くださいませ〜。
これからもよろしくお願い致します☆