お風呂から戻ってくると、もうすっかり外は暗くなっていた。
20時には花火が打ち上げられる。
「腹減った。」
道明寺がそう呟くのと同時に、部屋がノックされ食事の用意が始まった。
和食の豪華な御膳とビール。
旅の締めには最高のご馳走。
向かい合って「かんぱーい」とグラスを合わせると一気にグラスをあける道明寺。
「ねー、花火見る前に酔っ払って寝ちゃうよ。」
「こんな軽い酒で酔わねぇよ。」
そう言われればそうだ。
眠たくなれば早めに寝たっていい。
「あたしも飲もーっと。」
そう言ってグラスを持ち上げたあたしに、
「おまえは酒よりも食事。」
と、手からグラスを取り上げる。
「なんでよっ、」
「空きっ腹に酒は酔うだろ。」
「自分だって!」
口を尖らせるあたしに道明寺が言う。
「まだ寝られたら困る。」
そうだった。
豪華な食事に気を取られてすっかりリラックスしていたけれど、道明寺とゆっくり話す機会はこの旅行でしかない。
黙々と食べ始めたあたしを見て、道明寺はクスッと笑った後、
「ゆっくり飲むなら返してやる。」
と、グラスをあたしの前に置いた。
…………
浴衣姿の牧野を前にして、直視できない自分がいる。
風呂に備えられていた浴衣は、自分の好みの色が選べて、俺は濃紺に赤い模様がついた物を選んだ。
風呂から出て牧野と落ち合うと、牧野が選んだ浴衣は淡いピンクに俺と同じ赤い模様。
まるで2人一緒に選んだかのような偶然に、2人で照れ臭く笑う。
はたから見たら新婚にでも見られているだろうか。
実際は14歳の子供がいる夫婦、いや恋人、ん?まだ恋人未満か?
色々考え出すとめんどくせぇ。
とにかく、はっきりしてる事は、
肩書きなんてどうでもいい。
こいつは俺にとって大事な女だ。
旅の疲れが出たのか、ほんの少しビールを飲んだだけなのに、トロンとしてきた牧野の目。
それがめちゃくちゃ可愛いくて、このまま酔わせて勢いでいけるとこまで行こうか…なんて邪な感情も出てくるが、
それじゃ、多分、俺が満足出来ねぇ。
こいつに触れる時は、俺の一方通行の気持ちだけじゃ嫌だ。牧野も同じ気持ちになってくれた時、そう決めてる。
食事が進み、だいぶ腹がいっぱいになってきた時、俺の携帯が鳴った。
画面を見ると『美作あきら』の文字。
あきらには、牧野と2人で旅行に来ているなんてもちろん話していない。
仕事の話か?
そう思い、「もしもし。」と携帯に出ると、
「司、今どこにいる?」
と、あきらが聞く。
「ちょっと、東京から離れてる。」
「出張か?」
「いや、…」
なんて答えたらいいか思案しているうちに、あきらが言う。
「週刊誌の〇〇の電子版で、おまえと牧野と幸くんの動画が流れてるぞ。
先月、幸くんが入院してた病院で隠し撮りされたらしい。
牧野の肩を抱きながら病室の前に座るおまえの姿とか、退院する日、3人で司の車に乗り込む姿とかが撮られてる。」
予想もしていなかった内容に眉間に皺が寄る俺。
それを見て、心配そうに牧野が見つめる。
「分かった。あとはこっちでなんとかする。」
「動画は今、司の携帯に送った。
あともう一つ、気になることがある。」
「なんだ?」
「たぶん、幸くんにも記者が話を聞きに行ってるかもしれない。
牧野に確認してみた方がいいかもな。おまえら、連絡取り合ってるんだろ?」
最後の質問はあきらなりに気を遣っているのか、言いにくそうに言う。
「ああ。幸に聞いてみる。」
俺がそう答えると、それを聞いていた牧野が、
「幸がどうかしたの?」
と、驚いたように小さな声で言う。
それを電話の向こうにいるあきらも聞き取ったらしい。
「なんだよ、そこに牧野、いるのか?」
「…ああ。」
「牧野の家か?それなら幸くんもいるんだな?」
「いや、それが、…2人で旅行に来てる。」
嘘ついてもしょうがねーから、言うしかない。
「マジかっ…、そりゃあ、驚きだけどよ、詳しい話は今度聞く。
司、頑張れよ。」
ああ、おまえに言われなくても頑張るつもりだから心配すんな。そう俺は心の中で呟いて電話を切り、牧野を見る。
「あきらからの電話だ。
記者に俺たちのこと撮られてたらしい。
病院にいる所、退院する日、もちろん幸の事もバレてると思う。」
「…幸に何かあったの?」
「あきらが言うには、幸にも記者が話を聞きに行ったかもしれねぇって。あいつ、何か言ってたか?」
「ううん、何も。」
「まだ来てねぇのかもな。
とにかく、幸に電話しておくか?」
俺はそう言って正面に座る牧野に、こっちに来いと指で合図をする。
それを理解した牧野が、立ち上がり俺の隣へ移動してくる。
20時前だからまだ寝てねぇだろう。邸でゲームでもしてるかもしれねぇ幸にテレビ電話を繋ぐ。
3コール目で「もしもーし。」と電話に出た幸は、タマの部屋らしき所で寛いでいる。
「何してる?」
「タマさんとトランプ。2人でやっても面白くないから、あとで楓さんも参戦してくる予定。」
タマもババァも幸には激甘だ。
俺に注がなかった愛情を幸には降り注ぎやがる。
「パパたちは?旅行は楽しい?」
「ああ。」
「なんかさ、変な感じ。」
「あ?」
「いつもは俺とママが一緒にいてパパとテレビ電話してたのに、今日はパパとママが画面の向こうにいる。
しかも、お揃いの浴衣なんか着ちゃって、ラブラブじゃん。」
「おまえっ、」
お揃いとかラブラブとか、本人たちが一番意識してる事を、そんな簡単に面と向かって言うんじゃねーよ。
照れ臭さを紛らわすために、俺は幸に本題を聞く。
「幸、ここ最近、変なやつに話しかけられなかったか?」
「変なやつ?」
「ああ、雑誌の記者らしい。」
「あー、いたね、そんな人。」
あっけなく答える幸に今度は牧野が驚いて聞く。
「幸っ、いつ?何聞かれたの?」
「3日くらい前だったかな。
なんか動画見せられて、これは誰だ?って聞いてくるから、俺の両親だって答えたよ。」
あきらが言う動画のことだろう。
「それだけ?何かされなかった?」
牧野が聞くと、幸が笑いながら言う。
「隠し子かって聞かれた。」
「クッソっ…、」
思わず汚い言葉が出る俺に、幸が言う。
「俺は、隠された記憶は全くないから、隠し子ではないと思うって答えたよ。」
「…幸。」
「それと、なんか執拗に絡んでくるから、とっておきのパパの秘密を話しちゃったけどね。」
俺の秘密?
何のことか検討も付かない俺に、幸は画面に映るパソコンを指差して言う。
「パパのパソコンのホーム画面。」
「……おまえ、まさか、」
「気づいちゃったんだよね。」
得意げに言う幸に、牧野もタマも不思議そうに見つめる。
「ここで言うなよ幸。」
俺がそう言っても、聞くはずもなく、幸の口はペラペラとよく動く。
「パパのパソコンを借りた時に見つけちゃったんだ俺。
ホーム画面の画像が真っ白なんだけど、どこかピントが合っていないっていうか、歪んでるっていうか、気になって直してあげよう思ったんだ。
そしたら、その画像、なんだったと思う?」
わざわざ、牧野の方を見て聞く幸。
首を傾げる牧野に、幸はにっこり笑って言う。
「ママの写真だよ。
ママの若い頃の写真をわざわざホーム画面に設定して、しかもバレないようにぱっと見は真っ白に加工してる。
けど、ちょっとマウスをずらせばママの顔が出てくるんだ。」
こんな事をタマや本人を目の前にして暴露されるとは。
「幸、おまえまさか、それも記者に?」
「言ったよ。
俺のパパは昔からママに一途だって。
ついこの間も、ママが好きだから結婚したいって言ってた事も話した。」
「おまえっ、」
「ダメだった?」
そう聞く幸の顔は真剣で、いくらガキでも誤魔化しはきかねぇ。
「いや、ダメじゃねーよ。本当の事だからな。
ただ、」
「ただ?」
「牧野とはこれからきちんと話す。
俺がそうしたくても、牧野の気持ちが最優先だ。
パパとママにもう少し時間をくれ。」
コクコクと頷く幸に、じゃあなと手を振って電話を切ると、隣に座る牧野に視線を移す。
「昔の写真って?」
聞かれたくねぇ事を聞かれて視線を逸らすと、俺の顔を両手で挟み自分の方へ向けるこいつ。
それでも黙ってると、
「道明寺?」
と、睨むこいつに一発で落ちる。
「おまえの部屋で最後に鍋食ったあの日、俺の古い携帯で撮っただろおまえの写真。」
「あーっ、」
思い出した牧野。
「俺が撮ったおまえの写真ってそれくらいしかねぇから。
…会いたい時に、いつでも見れるように…。」
すると、牧野の目が少しだけ潤み俺を見つめる。
「会いたくなれば会いにくればいいでしょ、いつでもっ!」
「出来るかよ、そんな簡単に。」
「なんで?なんでよっ、」
「……おまえに拒否られるのが怖ぇ。」
「拒否なんて……、」
今度は溢れそうなほど目に涙を溜めて言う。
「泣くな牧野。
今まで、幸せにしてやれなくてごめん。
もう、逃げたくねぇ、いや、離れたくねぇおまえと幸と。
牧野、俺はおまえが、ずっと好きだ。」
ずっと、その言葉に力を込めて伝えてやる。
すると、何かを言おうとした牧野が、一瞬止まり、
次の瞬間、言葉ではなく行動で想いを表してきた。
隣に座る牧野が、俺の浴衣の胸元を掴みぐいっと自分の方へ引き寄せる。
そして、2秒ほど唇を合わせたあと言った。
「あたしも、同じ。
ずっと、好きだったよ。」

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