幸が無事に退院した。
ほんの少し残っていた夏休みもあっという間に終わり、
あたしたちにまた、いつもの暮らしが戻ってきた。
はずなのに、ただ一つ、以前と違う事がある。
それは、
『仕事何時に終わる?』
あたしの携帯に頻繁に残される様になった道明寺からのメッセージ。
まるで、付き合っているカップルみたい…なんて思いながら、ドキっとあたしの小さな胸が鳴る。
幸が退院してからも、道明寺とは何度か会った。
職場に迎えに来たり、幸に会いに家にも来た。
その都度、感じる事がある。
道明寺は、あたしに何かを言いたいのだろうか。
そんな態度を感じるけれど、実際、道明寺は何も言い出さない。
そんなあの人を見ていると、それほど言いにくい何かがあるのかなと思ってしまう。
そして、あたしの中で、それが何かはなんとなく検討が付いている。
仕事が終わりマンションに着くと、道明寺から着信があった。
「もしもし。」
「終わったか?」
「うん。今家に着いた所。」
「幸は塾だろ?
二人で…飯食いに行こうぜ。」
声の感じから、道明寺が少しだけ緊張しているのが分かる。
きっと、あたしに今日、伝えたい事があるのだろう。
「ん、分かった。」
「今から迎えに行く。」
20分ほどでマンションの前に止められた道明寺の車。
スーツ姿ではない道明寺は、幸が退院した日以来久しぶりだ。
急いで車に乗り込んだあたしは、
「仕事は?」
と、道明寺に聞く。
「早く終わらせた。」
「ふーん。」
「何食いたい?」
「んーと、ラーメン。」
「却下。」
「なんでよっ、」
「違うの言ってみろ。」
「じゃあー、天丼。」
「おまえは、昼間のサラリーマンかよ。」
車を運転しながら、クスクス笑う道明寺。
穏やかで、優しくて、大人になったこの人。
どんな話をされるか覚悟はしているつもりなのに、こういう道明寺を見ると、胸がギュッと痛くなる。
しばらくして車がたどり着いたところは、お店の入り口に
「天ぷら」と書かれた小さなお店。
「えっ、本当に天丼食べさせてくれるの?」
「ああ、しょうがねーだろ。
でも、きっと今まで食ってきた中で1番うまい天丼だと思うぞ。」
お店の中へ入ると、カウンター内にいた料理人が道明寺を見て少し驚いた顔をしたあと、奥の座敷に案内してくれる。
そのあと、しばらくして運ばれてきた天丼は、道明寺が言うように、今まで食べた中で最高に美味しいものだった。
こんな風に、向かい合って二人きりで、ゆっくり食事をするなんて、いつぶりだろうか。
あたしが、覚えている限りでは、
道明寺がNYへ旅立つ前の日に、あたしのマンションで食べたお鍋が最後だったと思う。
それから、あたしたちには色々な事があった。
実際は離れていたけれど、心の中ではずっと一緒だった様な気もする。
そんなあたしたちの関係は、また、
今日の食事を最後に、
変わるのだろうか。
天丼を食べ終わり、一息ついた頃、道明寺が
「牧野。」
と、あたしを真っ直ぐに見つめて呼ぶ。
「ん?」
「おまえに聞きたい事がある。」
予想していたものとは違う言葉に一瞬固まるあたしに、
道明寺は言った。
「付き合ってる奴いるのか?」
「……え?」
「おまえが好きになった男がどういう奴かちゃんと知っておきてぇ。」
「どういう事?」
「近いうちに会わせろそいつに。
それじゃねーと、戦えねぇっつーか。
おまえや幸を任せられる様な男なのか、それとも、」
道明寺の話しは的外れだけれど、結局この人が言いたい事はこういう事だろう。
「道明寺。」
「ん?」
「あたしは付き合ってる人なんていないよ。
でも、あたしと幸は大丈夫だから。」
「あ?」
「もう幸も中学生だし、道明寺が他の人と結婚したからって、ショックを受けるような年齢じゃないでしょ。
だから、あたしと幸の事は気にしないで、話を進めて。」
あたしがそう言うと、道明寺の顔がみるみる不機嫌に変わっていく。
「おまえさ、何言ってんだよ。」
「何って、……結婚の話でしょ?
道明寺、ここ最近なんか言いたいのに言いにくそうな態度ばかりだったし、幸からは大阪で彼女を紹介されたって聞いてたから、きっと、話しがまとまったのかなーと。」
「マジで……ありえねぇ。」
そう呟くと、テーブルの上のお茶をがぶりと飲む道明寺。
そして、もう一度あたしをみて、今度は切なそうな顔で言った。
「おまえって、マジで……。
俺はそんな男かよっ、おまえにとってそれくらいの男かよっ。」
「…道明寺?」
「俺は……、相変わらず、おまえが好きだ。
おまえと数日一緒にいて、幸の父親としてだけじゃ、やっぱ我慢できねぇ。
ちゃんと、おまえと籍を入れてパートナーになりたい。
って、勇気を出して言おうと思ったのに、おまえはどうしようもねぇ勘違いしやがって。
ほんと、バカ女っ、俺が他の奴と結婚?
ふざけんなってっ。」
「だって!……じゃあ、彼女は?」
「いるわけねーだろっ。
大阪で会ったのは滋だ。俺がいまだにおまえの事が忘れられねぇって知ってるあいつに、ちょっとからかわれたのを幸が勘違いしただけだ。
おまえこそ、どうなんだよ。温泉に2人で泊まりに行くような男がいるのか?」
道明寺が言う意味がすぐには理解出来なかったけれど、最近温泉に2人で行った覚えがあるのは1人だけ。
「あー、うちのママと行った〇〇温泉のこと?
パパが出張でいなかったし、幸も道明寺と旅行に行ったから、久しぶりにママと贅沢しようかってなって…、って言うか、なんで知ってるの?」
「それはっ、…まぁ、なんとなく。」
「あっ!部屋にあった請求書見たの?」
「いや、…たまたま目に入ったっつーか、」
「チェックしたって事?」
「人聞きの悪りぃ言い方すんじゃねーよ。」
ジロリと睨むあたしの視線を避ける道明寺。
もう、なんの話をしているのか本人たちも分からなくなってくる。
と、その時、あたしの携帯が短く鳴った。
幸からのメールだ。
それを見て、あたしは叫んだ。
「ヤバっ!塾に迎えに行く時間っ!」
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コメント
やっと、司くん、本音を言いましたねー。待ってました。長かったです。よく今まで離れていられましたよね。
(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾
塾にお迎え!めっちゃ普通の中高生の家庭だなー
ですよねー。つくしはこんな感じかなと思います笑