ビターな二人 14

ビターな二人

幸が無事に退院した。
ほんの少し残っていた夏休みもあっという間に終わり、
あたしたちにまた、いつもの暮らしが戻ってきた。

はずなのに、ただ一つ、以前と違う事がある。
それは、

『仕事何時に終わる?』
あたしの携帯に頻繁に残される様になった道明寺からのメッセージ。

まるで、付き合っているカップルみたい…なんて思いながら、ドキっとあたしの小さな胸が鳴る。

幸が退院してからも、道明寺とは何度か会った。
職場に迎えに来たり、幸に会いに家にも来た。
その都度、感じる事がある。

道明寺は、あたしに何かを言いたいのだろうか。
そんな態度を感じるけれど、実際、道明寺は何も言い出さない。
そんなあの人を見ていると、それほど言いにくい何かがあるのかなと思ってしまう。
そして、あたしの中で、それが何かはなんとなく検討が付いている。

仕事が終わりマンションに着くと、道明寺から着信があった。

「もしもし。」

「終わったか?」

「うん。今家に着いた所。」

「幸は塾だろ?
二人で…飯食いに行こうぜ。」

声の感じから、道明寺が少しだけ緊張しているのが分かる。
きっと、あたしに今日、伝えたい事があるのだろう。

「ん、分かった。」

「今から迎えに行く。」

20分ほどでマンションの前に止められた道明寺の車。
スーツ姿ではない道明寺は、幸が退院した日以来久しぶりだ。

急いで車に乗り込んだあたしは、
「仕事は?」
と、道明寺に聞く。

「早く終わらせた。」

「ふーん。」

「何食いたい?」

「んーと、ラーメン。」

「却下。」

「なんでよっ、」

「違うの言ってみろ。」

「じゃあー、天丼。」

「おまえは、昼間のサラリーマンかよ。」

車を運転しながら、クスクス笑う道明寺。
穏やかで、優しくて、大人になったこの人。
どんな話をされるか覚悟はしているつもりなのに、こういう道明寺を見ると、胸がギュッと痛くなる。

しばらくして車がたどり着いたところは、お店の入り口に
「天ぷら」と書かれた小さなお店。

「えっ、本当に天丼食べさせてくれるの?」

「ああ、しょうがねーだろ。
でも、きっと今まで食ってきた中で1番うまい天丼だと思うぞ。」

お店の中へ入ると、カウンター内にいた料理人が道明寺を見て少し驚いた顔をしたあと、奥の座敷に案内してくれる。

そのあと、しばらくして運ばれてきた天丼は、道明寺が言うように、今まで食べた中で最高に美味しいものだった。
こんな風に、向かい合って二人きりで、ゆっくり食事をするなんて、いつぶりだろうか。

あたしが、覚えている限りでは、
道明寺がNYへ旅立つ前の日に、あたしのマンションで食べたお鍋が最後だったと思う。

それから、あたしたちには色々な事があった。
実際は離れていたけれど、心の中ではずっと一緒だった様な気もする。

そんなあたしたちの関係は、また、
今日の食事を最後に、
変わるのだろうか。

天丼を食べ終わり、一息ついた頃、道明寺が
「牧野。」
と、あたしを真っ直ぐに見つめて呼ぶ。

「ん?」

「おまえに聞きたい事がある。」

予想していたものとは違う言葉に一瞬固まるあたしに、
道明寺は言った。

「付き合ってる奴いるのか?」

「……え?」

「おまえが好きになった男がどういう奴かちゃんと知っておきてぇ。」

「どういう事?」

「近いうちに会わせろそいつに。
それじゃねーと、戦えねぇっつーか。
おまえや幸を任せられる様な男なのか、それとも、」

道明寺の話しは的外れだけれど、結局この人が言いたい事はこういう事だろう。

「道明寺。」

「ん?」

「あたしは付き合ってる人なんていないよ。
でも、あたしと幸は大丈夫だから。」

「あ?」

「もう幸も中学生だし、道明寺が他の人と結婚したからって、ショックを受けるような年齢じゃないでしょ。
だから、あたしと幸の事は気にしないで、話を進めて。」

あたしがそう言うと、道明寺の顔がみるみる不機嫌に変わっていく。

「おまえさ、何言ってんだよ。」

「何って、……結婚の話でしょ?
道明寺、ここ最近なんか言いたいのに言いにくそうな態度ばかりだったし、幸からは大阪で彼女を紹介されたって聞いてたから、きっと、話しがまとまったのかなーと。」

「マジで……ありえねぇ。」

そう呟くと、テーブルの上のお茶をがぶりと飲む道明寺。

そして、もう一度あたしをみて、今度は切なそうな顔で言った。

「おまえって、マジで……。
俺はそんな男かよっ、おまえにとってそれくらいの男かよっ。」

「…道明寺?」

「俺は……、相変わらず、おまえが好きだ。
おまえと数日一緒にいて、幸の父親としてだけじゃ、やっぱ我慢できねぇ。
ちゃんと、おまえと籍を入れてパートナーになりたい。
って、勇気を出して言おうと思ったのに、おまえはどうしようもねぇ勘違いしやがって。
ほんと、バカ女っ、俺が他の奴と結婚?
ふざけんなってっ。」

「だって!……じゃあ、彼女は?」

「いるわけねーだろっ。
大阪で会ったのは滋だ。俺がいまだにおまえの事が忘れられねぇって知ってるあいつに、ちょっとからかわれたのを幸が勘違いしただけだ。
おまえこそ、どうなんだよ。温泉に2人で泊まりに行くような男がいるのか?」

道明寺が言う意味がすぐには理解出来なかったけれど、最近温泉に2人で行った覚えがあるのは1人だけ。

「あー、うちのママと行った〇〇温泉のこと?
パパが出張でいなかったし、幸も道明寺と旅行に行ったから、久しぶりにママと贅沢しようかってなって…、って言うか、なんで知ってるの?」

「それはっ、…まぁ、なんとなく。」

「あっ!部屋にあった請求書見たの?」

「いや、…たまたま目に入ったっつーか、」

「チェックしたって事?」

「人聞きの悪りぃ言い方すんじゃねーよ。」

ジロリと睨むあたしの視線を避ける道明寺。
もう、なんの話をしているのか本人たちも分からなくなってくる。

と、その時、あたしの携帯が短く鳴った。
幸からのメールだ。
それを見て、あたしは叫んだ。

「ヤバっ!塾に迎えに行く時間っ!」

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コメント

  1. aroma より:

    やっと、司くん、本音を言いましたねー。待ってました。長かったです。よく今まで離れていられましたよね。
    (● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾

  2. はな より:

    塾にお迎え!めっちゃ普通の中高生の家庭だなー

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