ビターな二人 12

ビターな二人

かすかな水音で目が覚めた。
部屋は薄暗い。
腕時計を見ると、どうやら一時間ほど眠っていたようだ。

音はバスルームから聞こえてきて、先に起きた牧野がシャワーでも浴びているのだろうか。

ふと、さっきまで考えていた事を思い出し、慌てて起き上がると、俺はホテルの部屋を出た。

昼間、食事に出た時に、ホテルから歩いて数分の所に小さな店を見つけたのだ。
そこのショーウィンドウに、牧野に似合いそうなワンピースが飾られていた。

昨夜、邸に寄った時にババァから渡された着替えは下着類だけだろう。退院は明日だから、動きやすい物をいくつか買ってやりたい。
というのは、表向きの理由で、

本当は、俺が選んだ服をプレゼントしてやりたい。

店に入ると、シンプルなワンピースがいくつか並んでいた。
選んでいる時間はねえ。
店員に、
「ここからここまで全部包んでくれ。」
そう言うと、思いっきり怪訝な顔をしたが、ブラックカードをカウンターにバンっと置くと、慌てて作業に取り掛かった。

大きな紙袋2つを抱えてホテルの部屋に戻ると、すでに牧野はバスルームから出ていて俺を見るなり、

「どこに行ってたの?」
と、聞く。

「ちょっとな、…買い物に行ってきた。」

「あ、プリン?」

「あぁー。そう言えば、忘れた。」

幸から頼まれていたプリンなんて、頭からすっかり忘れてた。

「ぷっ、じゃあ、何よ。」
笑いながら、俺の手を見つめる牧野。

「これ、おまえにやる。」

「ん?なに?」

紙袋を差し出されたこいつは、不思議そうにそれを見つめる。

「これに着替えろ。
おまえに似合いそうなワンピース、買ってきた。」

「……。」

突然のことに何も反応しないこいつの手に、大きな紙袋を渡す。

「何着か入ってる。
おまえが気に入った物、着てくれ。」

「でも…、」

「準備が出来たら、幸に会いに行くぞ。」

牧野にそう言うと、俺は自分の着替えを持ってバスルームへ入る。

何やってんだよ俺は。
30過ぎにもなって、女にプレゼントをあげたくらいで、ドキドキしてるなんて。

胸のドキドキと火照る身体を冷やすため、俺は急いでシャワーの蛇口をひねった。

………
シャワーを浴び、バスルームを出ると、
そこにはショーウィンドウに飾られていたワンピースを着た牧野の姿があった。

やっぱり、これが1番似合うと思っていたワンピース。
店の前を通った時から、牧野に似合うと感じていたのは間違っていなかった。

俺と目が合い、
「どれも素敵だったけど、これにしたの。」
と、少し恥ずかしそうに言う牧野が、マジで可愛いと思うほど、俺の脳は再びこいつにやられてる。

そんな牧野と一緒に、幸がいる病院へと面会に行った。
一応、警察や救助隊からの聞き取りがあるようで、幸たちはそれぞれ小さな個室に入れられている。

部屋に入るなり、嬉しそうに笑う幸を見ると、
まだ中学生のガキなんだなーと思わせるには十分な無邪気さだ。

「具合どう?」
牧野が聞くと、

「退屈すぎて死ぬ。」
と、答える幸。

そして、牧野を見て一言言う。
「なんかママ、いつもと違うじゃん。」

「え?」

「そういう服着てるの久しぶりに見た。」

それに、何かを反論しようとした牧野だったが、
鞄から携帯のバイブ音がして慌てて取り出す。

「職場から。ちょっと、下で話してくる。」
そう言い、病室を出て行く。

残された俺と幸。
俺は無言で幸の頭を一発強めに殴る。

「痛ってー、なんだよパパっ。」

「お仕置きに決まってるだろ。」

「けど、メンバーが落ちそうになったから俺がっ、」

「ちげーよ。
仲間を助けたのは偉かった。
けど、牧野を泣かせる奴は誰だって許せねー。
次やったら、一発じゃ済まねーからな。」

そう言うと、殴った所をゴシゴシ押さえながら幸が言う。

「ママ、泣いてた?」

「当たり前だろ。」

「ごめん。」

「あとで、自分の口から伝えろ。」

「うん。」

コクンとうなづく幸の頭を今度はガシガシと撫でてやる。
すると、幸が俺を真っ直ぐに見た後、言った。

「パパとママは、どうして結婚しなかったの?」

「…あ?」

「パパといて、いつも思うんだ俺。
パパはママが大事なんだなって。
今は新しい彼女がいるかもしれないけど、昔は違っただろ?
どうして、その時に結婚しなかったのかなーと思って。」

息子からまさかそんな事を聞かれるとは思わなかった。
しかも途中、なんかおかしな事言わなかったか?こいつ。

思考が付いていかない俺は、しばらく固まったままだった。

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