かすかな水音で目が覚めた。
部屋は薄暗い。
腕時計を見ると、どうやら一時間ほど眠っていたようだ。
音はバスルームから聞こえてきて、先に起きた牧野がシャワーでも浴びているのだろうか。
ふと、さっきまで考えていた事を思い出し、慌てて起き上がると、俺はホテルの部屋を出た。
昼間、食事に出た時に、ホテルから歩いて数分の所に小さな店を見つけたのだ。
そこのショーウィンドウに、牧野に似合いそうなワンピースが飾られていた。
昨夜、邸に寄った時にババァから渡された着替えは下着類だけだろう。退院は明日だから、動きやすい物をいくつか買ってやりたい。
というのは、表向きの理由で、
本当は、俺が選んだ服をプレゼントしてやりたい。
店に入ると、シンプルなワンピースがいくつか並んでいた。
選んでいる時間はねえ。
店員に、
「ここからここまで全部包んでくれ。」
そう言うと、思いっきり怪訝な顔をしたが、ブラックカードをカウンターにバンっと置くと、慌てて作業に取り掛かった。
大きな紙袋2つを抱えてホテルの部屋に戻ると、すでに牧野はバスルームから出ていて俺を見るなり、
「どこに行ってたの?」
と、聞く。
「ちょっとな、…買い物に行ってきた。」
「あ、プリン?」
「あぁー。そう言えば、忘れた。」
幸から頼まれていたプリンなんて、頭からすっかり忘れてた。
「ぷっ、じゃあ、何よ。」
笑いながら、俺の手を見つめる牧野。
「これ、おまえにやる。」
「ん?なに?」
紙袋を差し出されたこいつは、不思議そうにそれを見つめる。
「これに着替えろ。
おまえに似合いそうなワンピース、買ってきた。」
「……。」
突然のことに何も反応しないこいつの手に、大きな紙袋を渡す。
「何着か入ってる。
おまえが気に入った物、着てくれ。」
「でも…、」
「準備が出来たら、幸に会いに行くぞ。」
牧野にそう言うと、俺は自分の着替えを持ってバスルームへ入る。
何やってんだよ俺は。
30過ぎにもなって、女にプレゼントをあげたくらいで、ドキドキしてるなんて。
胸のドキドキと火照る身体を冷やすため、俺は急いでシャワーの蛇口をひねった。
………
シャワーを浴び、バスルームを出ると、
そこにはショーウィンドウに飾られていたワンピースを着た牧野の姿があった。
やっぱり、これが1番似合うと思っていたワンピース。
店の前を通った時から、牧野に似合うと感じていたのは間違っていなかった。
俺と目が合い、
「どれも素敵だったけど、これにしたの。」
と、少し恥ずかしそうに言う牧野が、マジで可愛いと思うほど、俺の脳は再びこいつにやられてる。
そんな牧野と一緒に、幸がいる病院へと面会に行った。
一応、警察や救助隊からの聞き取りがあるようで、幸たちはそれぞれ小さな個室に入れられている。
部屋に入るなり、嬉しそうに笑う幸を見ると、
まだ中学生のガキなんだなーと思わせるには十分な無邪気さだ。
「具合どう?」
牧野が聞くと、
「退屈すぎて死ぬ。」
と、答える幸。
そして、牧野を見て一言言う。
「なんかママ、いつもと違うじゃん。」
「え?」
「そういう服着てるの久しぶりに見た。」
それに、何かを反論しようとした牧野だったが、
鞄から携帯のバイブ音がして慌てて取り出す。
「職場から。ちょっと、下で話してくる。」
そう言い、病室を出て行く。
残された俺と幸。
俺は無言で幸の頭を一発強めに殴る。
「痛ってー、なんだよパパっ。」
「お仕置きに決まってるだろ。」
「けど、メンバーが落ちそうになったから俺がっ、」
「ちげーよ。
仲間を助けたのは偉かった。
けど、牧野を泣かせる奴は誰だって許せねー。
次やったら、一発じゃ済まねーからな。」
そう言うと、殴った所をゴシゴシ押さえながら幸が言う。
「ママ、泣いてた?」
「当たり前だろ。」
「ごめん。」
「あとで、自分の口から伝えろ。」
「うん。」
コクンとうなづく幸の頭を今度はガシガシと撫でてやる。
すると、幸が俺を真っ直ぐに見た後、言った。
「パパとママは、どうして結婚しなかったの?」
「…あ?」
「パパといて、いつも思うんだ俺。
パパはママが大事なんだなって。
今は新しい彼女がいるかもしれないけど、昔は違っただろ?
どうして、その時に結婚しなかったのかなーと思って。」
息子からまさかそんな事を聞かれるとは思わなかった。
しかも途中、なんかおかしな事言わなかったか?こいつ。
思考が付いていかない俺は、しばらく固まったままだった。

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