幸の無事が分かり、緊張が少しだけ解けた牧野を腕に閉じ込める。
すると、職員玄関から、
「幸くんママー。」
と、呼ぶ声がして、俺達は慌てて身体を離し玄関へと急いだ。
数分前に救急隊から、
「救助後に運ばれる病院が決まった」
と連絡が来たようだ。
幸以外の生徒も山小屋から下山したのち病院へ直行する。
保護者もその病院で待機していて欲しいと要請があった。
「学校には教頭先生が連絡係として残りますので、皆さんは病院の方へ。」
校長に促され、保護者は一斉に移動の準備をする。
ここから病院までは1時間半くらいだろうか。
時計を見ると、22時を少し回った頃。
とにかく、病院まで行って、救助が再開されるのを待つしかない。
そう思いながら牧野の方へ近付くと、鞄から車のキーを取り出そうとしている。
「俺の車で行くぞ。」
こいつの腕を掴みそう言うと、
「あたし、車が…」
と、駐車場を指差して言う。
その顔は、赤く充血した目と、化粧っ気のない青白い肌。
「こんな時間におまえに運転させれねぇ。
泣き疲れただろ。俺の隣で寝てろ。」
幸の事も死ぬほど心配だが、こいつの事も一瞬たりとも放っておけない。
牧野が返事をする前に、こいつの腕を取り西田が待つ車へと急いだ。
……………………………………
車に乗り込むと、西田に「邸に行ってくれ。」と告げ、
牧野には、「俺の車に乗り換える。わりぃけど、着替えだけさせてくれ。」
と言うと、コクンと頷く。
オフィスから直行してきたから、車もスーツもそのままの俺。
救助の状況によっては、どれくらい時間がかかるか分からない。
着替えるなら今のうちだし、自分の車に乗り換えて牧野と二人で向かいたい。
今後の天気予報や病院までの地図を検索しているうちに、邸にはあっという間に到着し、エントラスで車を降りる。
すると、それを待ち構えていたように、エントランスの扉が開いた。
そこには、心配気な顔のババァとタマが待っていた。
「つくしさん。」
ババァは牧野の名前を呼ぶと、そのまま優しく抱き寄せる。
二人が会うのはいつぶりだろうか。
直接会わなくても、いつも牧野の事を気にかけていたババァ。
幸が遊びに来て帰るときはいつも、牧野へのお土産を持たせていたのは知っている。
そんな二人を見たあと、
「急いで着替えてくる。」
俺はそう言って自室へと走った。
とりあえず、ラフな服装に着替えたあと、2、3日分の着替えを大きめの鞄に放り込む。
幸とは身長も5cmほどしか変わらないから、救助されたあと幸が着てもいいように、パーカーやスウエットも入れた。
それを抱え、自分の車のキーを掴むと、牧野が待つエントランスへまた走る。
「準備出来た。行くか?」
「うん。」
牧野が答えると、
「坊っちゃん、これも持って行ってくださいな。」
と、タマが小さめの鞄を渡してくる。
「ん?」
「つくし用の着替えと、簡単なスキンケア類が入ってます。しばらく帰って来れないかもしれないですからね。」
すると、牧野が慌てて言う。
「あたしの分なら大丈夫ですっ。途中のコンビニでも買えるし。」
「いいんだよ、持って行っておくれ。奥様がつくしにって用意してあったものなんだから。」
初耳だった。
ババァが牧野用の物を用意していたとは…。
「でもっ、」
困ったようにそう答える牧野に、今度はババァが言った。
「いつでもあなたがこの邸で過ごせるように、用意しておいた物なの。まさか、こんな時に使う事になるとは思わなかったけれど…。
幸は大丈夫よ。司とあなたの子供だもの。
さぁ、行ってあげて。」
ババァはそう言うと、自分が着ていたカーディガンを牧野の肩にかけ、そっと背中を押した。
俺の腕の中には薄手のパーカーがある。
半袖の牧野にかけてやろうと思って、クローゼットから持ってきたもの。
それを握りしめながら、
まさかババァに先を越されるとはな……と胸が熱くなった。

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コメント
ビターな二人の9話。バカな男のフォルダーにリンクされてますよ。
いつも楽しみにしてまーす。
バカな男また読んじゃいました。ぎゅっと苦しく切なくなって、良かったです。
わぉ!ありがとうございます!
今、直しておきましたー。
つくしの決意を司を始め道明寺家が待っていたってこと
災い転じて福となすのか・・・
長い春にけじめをつけさせるのは幸くんかな
つくしに勝ち目はないですよね
いつもご訪問ありがとうございます!
司もつくしもお互いの大事さに気付いて欲しいのでーす♡