ビターな二人 5

ビターな二人

幸が帰ってきて、ようやくいつもの日常に戻った。
反抗期真っ只中の思春期ボーイとはいえ、2週間も家にいないとさすがに寂しさがつのる。

今日も昼間は部活の山岳部に顔を出したあと、夜は道明寺が買ってくれたというパソコンを相手に夢中で何かを操作している。

「幸、パソコンで何してるの?」

「んー、計画書を作ってる。」

「計画書?」

「夏休み最後に山岳部の仲間と山登りしてくるから、その計画書。」

そんな事は初耳だ。

「いつ行くの?」

「来週の火曜日。」

「へぇー、ママは初めて聞くけどね。」

「そうかもね、初めて言うからね。」

相変わらず目線はパソコンで、可愛くない息子。

「今年の夏休みは盛りだくさんだね。
沖縄に行って、大阪に行って、その後は山にも登るのね。ママも久しぶりに大阪に行って、食い倒れ旅行でもしたいな〜。」

そう言いながらリビングの床にゴロリと横になったあたしに、ようやくパソコンから目を離した幸が言った。

「ママも、行ってくればいいじゃん。」

「え?」

「ママも、……誰か誘って旅行してくれば。」

ぶっきらぼうな口調だけど、幸がこういう風に言ってくれるなんてなんだか嬉しい。

「そう?行ってもいいの?
優紀を誘って行ってこようかなー。」

寝ていた体を幸の方へ向けてそう言うと、幸は少し怒ったような口調で言った。

「旅行に一緒に行ってくれる彼氏もいないのかよ。」

「…え?彼氏?」

「早いうちに再婚しておかないと、一生売れ残るぞ。」

彼氏?再婚?
まさか、幸からそんな言葉が出てくるとは思いもしなかった。

「幸、急にどうしたの?」

「別に。」

「なんか変なものでも食べた?」

そう言って、からかうように幸の額に手を伸ばしたあたしに、
「ちげーよ。」
と、今度は完全に怒った口調で幸が言った。

「パパだって、彼女がいるんだぞ。
ママもそろそろ自分のこと考えろよ!」

道明寺に彼女……。
胸が少しだけギュッと苦しくなる。

「パパが言ってたの?」

「…大阪で会った。」

「そう。一緒に過ごしたの?」

「ホテルのレストランで一度会っただけ。
すごく…綺麗な人だった。」

道明寺にそういう相手がいてもおかしくない。
むしろ、あれだけの人だからいない方が不思議だ。

幸を産んだのが18の時。
あれから14年がたった。

親の大反対を受けながらも学生時代から付き合っていたあたしたち。
どうしても別れないと言った道明寺に、楓氏は
「4年間、NYで徹底的にビジネスを学ぶなら、帰国後交際は認める。」と、約束してくれた。

そして、離れ離れになる日、あたしたちは小さなアパートの一室で初めて結ばれた。
涙を堪えながら、何度も抱き合ったのを覚えている。

それから3ヶ月後、道明寺がNYへ旅立ったあとに、あたしの妊娠が発覚した。

両家とも大騒ぎになったのは間違いない。
すぐに籍を入れよう、NYへ一緒に来いと言った道明寺。
あれだけ反対していた楓氏もうちの両親に深々と頭を下げ、結婚を……と言ってくれた。

けれど、あたしはその若さでNYの知らない土地に身籠った身体で付いていく自信がなかったし、道明寺にとってもその4年は将来に向けて大事な期間だと言うことは分かっていたから、

あたしは日本で道明寺を待つという決断をした。

無事に幸を生み、実家で暮らしながら看護学校へ通い資格もとった。
道明寺家からの支援も受けて、幸はすくすく育ち、4歳になった頃、道明寺が予定通りNYから戻ってくることが決まった。

道明寺家の御曹司が帰国するというニュースは連日世間を賑わし、道明寺の留学中のプライベート写真も流失し、かなり女性ファンが熱狂した時期。

本人は相変わらずクールな対応でかわしていたけれど、マスコミはこぞって道明寺の女性関係にも興味津々で、有る事無い事、記事にされていた記憶がある。

道明寺家の若い後継者への期待から、株価も緩やかに上昇し、道明寺ホールディングスにとって絶長期といってもいい時期だった。

そんな時に、まさか、
学生時代の彼女との間に子供がいました。
なんて、とても言えるような状況ではなく、
もしそれが公になれば、株価にも影響すると会社の顧問弁護士からの助言もあり、
帰国後、もう少し落ち着いてから世間には公表しようと二人で話し合った。

それからは、幸が小学生になり周りにお友達も増え、あたしにもママ友が出来た。
すっかり周囲からはシングルマザーと認識されたあたしは、働きやすさを求めて東京を離れ神戸に住んでいた時期もある。

道明寺との連絡は絶やしたことはないけれど、道明寺が忙しい生活を送っているのと同じように、あたしも幸との2人の生活に慣れ、それで十分幸せだった。

幸が大きくなるにつれ、道明寺を父親だときちんと理解し、あたしの目から見ても2人は良い関係を築いてきた。

いつからか、今のままの関係でいい…と思い始めたあたし。
幸が3年生のとき、道明寺に交際報道が出た。
確か、どこだかの令嬢だったはず。

すぐに道明寺から連絡が来て、「事実とは違う記事が出る」と聞いた。
その時にあたしは道明寺に言った。

「幸にとって、大好きな父親であってくれれば、それでいい。」と。

家族になるチャンスは逃したけれど、あたしと道明寺は幸の父と母である事に変わりはない。
それだけで十分だった。
今の関係で満足だった。

「ママ、火曜日は朝6時に出発するから、おにぎり2つよろしく。」

すっかりいつもどおりに戻った幸が、パソコンをしまいながらそう言う。

「ん、了解。」

あたしはそう返事をして、思考を現実に引き戻した。

にほんブログ村 小説ブログ 二次小説へ
にほんブログ村

↑ランキングに参加しています。応援お願いしまーす♡

コメント

  1. わわわわ より:

    あー納得ですー\(^^)/
    もやもやが晴れました~。
    そっか!そっか!でも幸くんの話で、お互いにチクリ?ギュッ?複雑な気持ち。。。続きを楽しみにしています(^_^)

  2. 春の嵐 より:

    ふーん。そうだったのか。確かに幸と司、仲良し親子ですよね。つくしちゃんすっかり落ち着いてしまってますね。それでもここで司にはもう人踏ん張りして欲しい。本物の親子になってほしいな。幸だって思ってると思うけどね。

タイトルとURLをコピーしました