二人でいる時間はあっという間に過ぎていくもので、夕方近くまでメープルで過ごした俺らも、今は牧野のマンションまでの道を車で走っている。
どこかで食事でもしていこうと誘う俺に、
「仕事ずる休みしてるのに、そんなこと出来るわけないじゃない。」
と即行断りやがって、
「明日の仕事が憂鬱でしょーがない。」
と俺を睨んでくる。
マンションについて、「ここでいいから」というこいつの言葉を無視して車を降りて部屋の玄関まで送ると、部屋には仕事から帰ってきてた弟の姿もあった。
「よっ。昨日はどうもな。」
「いえ、僕は何も……。
昨日は急に帰られたので何かあったのかと…。」
「ああ、おまえのおかげで今日は俺たち二人ともずる休みすることになった。」
「えっ!?ど、どういうことですか?
ねーちゃん、ほんと?」
「ちょっと、昨日がどうとか、あたしにはさっぱり話が読めないんだけど。」
姉弟で顔を見合わせて首を傾けてるのを横目に、俺は、
「牧野、あれ持ってこい。」
そう言ってやる。
その言葉に
「あれって?」
と聞き返してくるこいつ。
「靴だよ。まだ直ってねーんだろ?
職人に出しておくから持ってこい。」
そう言ってやると、やっと意味がわかったのか少しだけ考えた後、
「うん、待ってて。」
そう言って奥に消えた。
すぐに戻ってきたこいつの手には4年前俺が用意させたあの黒いパンプスがある。
大事に履いていてくれたんだろう、当時のまま形も艶も失われていなかったけど、唯一右足の爪先に何かに引っ掻けた1本の傷がある。
その傷のおかげで牧野は俺を見つけたのかと思うと、その傷さえも愛おしい。
「どれぐらいかかるか分かんねーけど、早めにやらせるから。
それと、これはおまえに返す。
両親からのプレゼントなんだろ?
見つかったって話してやれ。」
俺はそう言ってボールペンを牧野に握らせてやると、
「え?なんでプレゼントって知ってるの?」
と呟くこいつと、
「やっぱりねーちゃんのだったんだ」
と言う弟。
俺と牧野と弟……それぞれが知っていることを一つにしてようやく俺たちの4年分を埋めることが出来たということか……。
まだ、キョトンとする二人を置いて、
「じゃあ、俺は帰るわ。
あとは二人で謎解きしろ。」
そう言い残して軽く牧野の頭を撫でて俺は部屋を出た。
「ねー、ねーちゃん、あの靴どーしたの?」
「……。」
支社長が帰った後、俺が一番気になってることをすぐにねーちゃんに問いただす。
「なんで支社長に渡すの?」
「……。」
「職人って何?」
「進には関係ない。」
「…………ないけどさ、俺には関係ないけどさ、
あれってねーちゃんの一番大切してる靴だろ?
しかも、元カレに貰ったやつ。」
「はぁ?」
「前に大河原さんがうちに遊びに来たとき、あの人すごい酔っぱらって俺に絡んできたじゃん。
その時に言ってたよ。
あの靴はねーちゃんが元カレに貰った大事なものだって。
それを今の彼氏に渡してどーするの?
色々とまずいんじゃない?」
「進、うるさいよっ。」
「だって、男の立場としては面白くないでしょ。
元カレからのプレゼントを修理させられるって。」
そう言ってチラッとねーちゃんを見ると、冷蔵庫から卵を取り出している横顔が赤い。
「ねーちゃん?……ん?……え?…………」
そのねーちゃんの表情が何を意味してるのか分からない。
「あのさー、ねーちゃんのボールペンをあの人が持ってたんだよね……。
だいぶ前になくしたって言ってたじゃん。
それをどうして、
え?……まさか……ん?……えっ、そうなの?」
パニックだ。
他人が見たら今の俺は頭がおかしい奴にしか見えないかもしれない。
頭を抱えたままリビングにうずくまる。
そんな俺にお構いなしにキッチンでお米をとぎだすねーちゃん。
「まさか、ねーちゃんと支社長って……」
そうだと思えば、いろんな事が辻褄が合う。
パズルがピタリとはまったときのような爽快感。
靴とボールペンそしてNY。
重要なピースが揃った。
「へぇー、ほぉー、そういうことか。
なんだー、復活愛ってやつ?」
「はぁ?進、あんた人の話に首突っ込みすぎだから。」
「なんでさー、いいじゃん。」
「よくないの。あんたは自分の心配だけしてなさいっ。」
「あっ、そーいえば支社長がね結婚式メープルでやるなら割引してくれるってさ。」
「はっ?バカっ!メープルでってどれだけかかると思ってるのよ。
ムリムリ、絶対無理だからねっ。」
「わかってるって。俺でもそれぐらい知ってるよ。
でもさー、もしかしたら…………」
「何よ。」
「俺よりもねーちゃんの方が早かったりしてね、結婚式。」
「バ、バ、バッカじゃないのぉー!」
いつも俺たち家族の心配ばかりして生きてきたねーちゃんの唯一浮いた話は、大河原さんから聞いた昔の彼氏の事。
何が原因かは知らないけど、長く続かなかったその恋は、何年たってもねーちゃんを苦しめていたように思えた。
けど、今幸せそうな二人を見ると、何か山を越えたような……絆をつかんだような……。
そしてなにより、あの人のあの深い愛情がこもったねーちゃんを見る目を
俺は…………信じたい。
「ねーちゃん、今日のご飯なに~?」
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