総務課の牧野さん 30

総務課の牧野さん

怒りを通り越して、絶望的な表情のこいつを連れて俺は自分の車に乗り込んだ。
車をメープルに走らせながら、

「怒んなって。」
そう言ってこいつの手を握る俺に、

「怒ってませんけどっ。」
そう確実に不機嫌な声で返してくる。

けど、今はそんな拗ねた声も顔も可愛くてたまんねぇ。
握る手に少しだけ力を入れると、ギュッと握り返してくるこの温もりが心地いい。

2週間前、二人で濃厚な時間を過ごしたメープルのこの部屋に入ると、すでにテーブルには二人分の食事が用意されている。
俺のリクエストで和食を用意させておいた。

それを二人でゆっくり食べながら、2週間分のとりとめない話をする。
こんな風に誰かとゆっくり時間をかけて食事をするなんていつぶりだろう……と感じながら、
ああ、そうか、初めてかもしれねーな、そう思う。

この目の前に座るどこにでもいそうなこいつが、俺の人生の初めてをいくつも埋めていく。
そして、それを誰よりも俺自身が喜び望んでいる。

食事を終えて、俺が
「俺は向こうのバスルーム使うから、おまえはこっちの使え。」
そう言うと、一気に顔を赤くして目線をそらしたこいつは
小さく「うん。」と頷いておとなしくシャワールームに入っていった。

その間に俺はすばやくシャワーに入り、
…………計画通り部屋を整える。

「支社長……?」
暗闇の中、俺を呼ぶ声。

その声の方に歩いていき、こいつの手を握り
「ここにいる。」
そう耳元で言ってやり、ゆっくり部屋を歩く。

スイートルームの広い部屋の中、明かりをすべて消して、中央に小さなキャンドルだけを灯し、そのあかりの側に二人で並ぶように床に座った。

「支社長?」

「少し話ししようぜ。
…………この間の電話、覚えてるか?」

「……うん。」

「あれで色々と話しておきたいこともあるし、おまえに聞きたいこともある。」
俺がそう言うと、急に体を硬直させて緊張してるのがわかる。

俺はそんなこいつを、あの四年前と同じように後ろから抱きしめて首に顔を埋めた。

「なぁ、この間おまえが言ってたように、俺には忘れられねぇ女がいる。」

「……うん。」

「たぶん、この先もずっとそいつが忘れられねぇと思う。」

「……うん。」

「おまえと同じように、俺もそいつのこと知れば知るほど惹かれていく。」

「……うん。」
声が震えてるこいつ。

「四年前にはじめてその女に出会って、一夜で恋に落ちたんだ。
二人で過ごしたのはたったの数時間なのに、頭も体もどうしても忘れられなかった。
名前も知らない。住んでるとこも知らない。
顔さえもこの部屋みたいに暗くてはっきり覚えていない。
ただ、分かってることは、足のサイズと忘れていったボールペン、そして今も思い出すその女の甘い香り。」
俺はそう言って、牧野の首に鼻をこすり合わせ、わざとらしく香りをかいでやる。
それでも固まったまま黙ってるこいつに、俺は続ける。

「おまえさ、すげー誤解してんだと思うけど、おまえが言う、経験バリバリっつーのは、俺みたいな男には使わねーと思うぞ。
俺は、四年前のその一夜と、ここ最近のおまえとの経験しかねーし、
それに、……どっちも同じ女だろ。」

「…………え?」

「…………おまえはいつから気付いてた?」

黙ったままだったこいつは、一瞬体をビクッと震わせたあと、ゆっくりと俺の方に振り向いた。
その目は潤んで揺れている。

「いつから知ってた?」
もう一度聞く俺のその問いに、

「2年前。」
そう呟く。

「どうやって?」

「…………靴。あのときの靴。
……今も大事にしてるの。
2年前、靴の先に傷がついて直しに出したとき、職人さんが言ったの。
これは有名な職人が、特別な材料で特別な人のために作ったものだって。だから、ここでは直すことが出来ないって。
それで気になって調べたら、その職人は道明寺家の専属のデザイナー兼職人だって知って。」

「なんで、今まで言わねーんだよ。」
責めるつもりはねぇけど、聞きたかった。

「あたしだって…………会いたかった。
ずっと後悔してた。
なんであのとき部屋を出てきてしまったんだろうって。
だけど、あのときのあの人が道明寺司だって知ってしまったら、簡単に会いたかったなんて言えなかった。
だって、あたしたち全然違いすぎる。
住む世界が…………違いすぎる。」
そう話すこいつの目からは涙がこぼれる。
俺はそのしずくを指で優しく拭ってやりながら、

「だからって、諦められるか?」

「…………。」

「忘れられるか?」

「…………。」

俺は無理だ……そう言おうとした時、
黙ったままだったこいつが小さく呟く。

「出来ないから、しちゃったんじゃないっ。」

「あ?」

「忘れたくも忘れられなくて、諦めたくても出来なくて、だからあの日キスしちゃったのっ。
酔ってたなんてただの言い訳。
あの状況でキスしたら、すごい怒られて嫌われて、それでもう吹っ切れると思ったのに、
まさかあのあとホテルに行くなんて……。
完全に予想外の展開で、しかも墓穴を掘ったっていうか、ますます忘れられなくて……。」

「知れば知るほど好きになった?」

「うっ、…………悔しいけど。」

「忘れられない男って、俺のことだよな?」

「…………。」

「返事。」

「……ん。」

その返事を待って、俺は軽く重なるだけのキスをする。

「住む世界が違っても、俺はたぶんおまえと巡り会う。
そして、何度でもおまえを好きになる。
永遠のループだ。
…………だから、もう諦めろ。
俺を忘れようとか、無駄な抵抗はするなバカ。」

4年前、お互いを何も知らないまま愛し合った俺たち。
そして、今またこうして月日を経て俺の腕の中にいるこいつ。

運命ってあるのかもしれねぇ。
そんな曖昧なものをこの俺に信じさせるほど、俺はこの女に言葉に出来ないほどの何かを感じてる。

そして、それはたぶん勘違いなんかじゃねえ。

キスをしながらバスローブの隙間に手を伸ばし
肌に手を這わせる。

「余計なものつけてんじゃねーよ。」
手にブラの感触。

「俺の前では素のままでいろ。
何も構えなくてもいいし、余計なものはつけるな。
俺はそのままのおまえがいい。
住む世界が違うっていうなら、いつでも俺はおまえの世界に行く。
だから、俺を信じ……」

もうそれ以上は言えなかった。
こいつからのキスで俺の言葉はすべて飲み込まれていく。
主導権を握られたキスは、いつしか俺の方が優勢となり、お互い余計なものはすべて取り除かれ、
素のままでベッドに移動した。

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