はやる気持ちを抑えて会社に戻った俺は、まずはオフィスに入りやり残している仕事を片っ端から片付けた。
そしてそれが終わると西田に、
「西田、明日少しオフィスに入るの遅くなるかもしれねぇ。
その分の仕事は終わらせた。何かあったら携帯に連絡くれ。」
そう言って部屋を出ようとした俺。
すると、
「支社長、明日はオフィスでする取り急ぎの仕事もございませんので、ご自宅で休まれて下さい。
必要な事項がありましたらご連絡差し上げます。」
そう言って頭を下げる西田。
西田と組むようになって5年目。
がむしゃらにビジネスの世界に身を置いてきた。
振り返ってみると、お互い1日も休むことなく働いてきた。
そんな1分1秒を正確に振り分ける西田に、今まで『仕事に遅れる』なんて言ったこともねぇし、西田から『自宅で休め』なんて言われたこともねえ。
たぶん、こいつは全部分かってる。
俺がこのあと4年分の想いをぶつけに行くことも。
「…………わかった。
…………西田、おまえもたまには好きな女とゆっくり過ごせ。」
それだけ言ってオフィスを出る俺の背中に、
「そうさせて頂きます。」
と返事が返ってきた。
いるのかよ!
好きな女が、おまえにもいるのかよっ。
その鉄火面で…………。
一瞬、そんな疑問が頭をグルグル駆け巡ったが、
総務課に着いた頃には、すべて消えていた。
総務課のフロア。
あいつの席を一瞬でとらえたが、
…………いねえ。
ったく、どこ行ってんだよ。
「あっ!支社長っ。
ど、ど、どうされましたか?」
俺に気付いた総務課長が声をかけてくる。
それに続けて、その場にいる社員が一斉に俺を見る。
「牧野は?」
「あっ、えーと、神田くん、牧野さんは?」
「たぶん、10階の資料室だと思いますけどっ。」
「資料室……、サンキュ、行ってみる。」
そう言った俺に慌てた課長が、
「あ、あのっ!
うちの牧野が何か失礼なことでもありましたでしょうかっ?」
その言葉に俺は振りかえる。
「うちの牧野?」
「はいっ。」
「その言い方、すげー気に食わねぇんだけど。
あいつは、俺のだ。
気安く『うちの』とか使うな。」
「え?」
「だから、俺の女に気安く『うちの』とか言うんじゃねーよ。」
「は……はい。」
茫然とする課長と、好奇心で目をキラキラさせてる女たちを無視して、
「あいつの鞄はこれか?
今日はこのまま早退させるから。
それと、明日は休ませる。
何かあったら『俺に』連絡寄越せ。」
言いたいことだけ言ってフロアを後にする。
資料室は10階だったか……。
そう思いながらエレベーターに向かう俺の後ろで、
「えー!聞いた?今のっ。
牧野さんって、支社長の彼女なの?
『俺のだ』ってどういう意味ーっ。」
そんなことを叫ぶ社員たちの声がした。
10階フロアの資料室。
はじめて入るその場所は、大きな棚がズラリと並び、まるでどこかの図書館のよう。
あまりに広すぎて簡単にあいつを探せそうにないと思った俺は、携帯を取り出してコールする。
3回目のコールのあと、
「もしもし?」
とあいつの声。
俺は携帯を耳に当てることなく、その声のする方へ歩いていく。
「もしもし?」
もう一度そう言ったこいつを俺は後ろから眺めて、
「ここだ。」
そう言った。
振り向いた顔は驚いたあと、キョロキョロとあたりを見回して誰もいないことを確認している。
「誰もいねーよ。」
「どうしてここを?」
「あとで説明してやる。」
俺はそう言うと、2週間ぶりに愛しい女にキスをした。
資料棚に背中を預けて逃げれねぇようにして、何度も何度も確認するように味わう。
静かな資料室にくちゅくちゅと音が響くたびに、首を振って軽く抵抗するこいつを、卑怯だと思いながらもこいつの弱い耳を愛撫しながら更に深くする。
どんなに綺麗で、どんなに優雅な女たちにも全く心を動かされなかった俺が、
どんな状況で知り合ったとしても、こいつにだけは何度でも惹かれていく。
そんなこいつ限定の自分の恋愛体質に、なぜだか笑えてくる。
「ちょっ…………なんで……んっ…………
笑ってるのよ…………んっ、」
キスしながら笑いを堪えてるのがばれている。
「もうっ、……なんで笑ってるの?」
「いや、色々な。
それもあとで説明してやるから、もう少し充電させろ。」
そう言ってまたキスに溺れていく。
こんなところでキス以上の事をするつもりはない。
けど、柔らかいその唇に何度も触れていると、我慢が出来なくなってくる。
体の中心が痺れてきて、熱を持ち、少しづつ固くなってくるのをかんじる。
手が自然に胸の膨らみにのせられ、片方はお尻に……どこかでストップしなきゃヤバイだろ、
そう思いながらも止められない。
その時、
「ちょっと、ちょっと、ねーっ、ちょっと待って!」
突然、でかい声で叫び出すこいつ。
「なんだよっ、うるせーな。」
「ちょっと、なんで?えっ、なんで?」
そう言って慌て出す。
「あ?落ち着けって。何がだよ。」
そう言う俺に、むちゃくちゃ真剣な顔を近付けてきてポツリと一言。
「なんで、あたしのかばんを支社長が持ってるんですか?」
「あー、今総務課に寄ったから持ってきた。」
「いや、そーじゃなくて、
総務課に寄ったのはいいですけど、いやそこも厳密に言うと良くないけど、どうしてそこであたしのかばんを持ってくるの?」
「このまま帰るから……だろ?」
「誰が?」
「おまえが。……俺と。」
そこまで言うと、一瞬固まってたこいつが、
「まさか、まさかと思いますけど、あたしたちのこと話してませんよね?」
そう言ってくる。
だから、俺はこの際きちんとこいつにも教えといた方がいいだろうと口を開いた。
「みんなの前でおまえは『俺のものだ』って宣言しといた。
ちなみに、今日はこのまま俺と早退して、明日は1日休ませることも課長に伝えてきた。
俺はおまえとコソコソ付き合う気はねーし、誰にも文句は言わせねぇ。
誰かに聞かれれば『牧野は俺の彼女だ』ってはっきり言うつもりだから、おまえも腹くくれ。」
なに、絶望的な顔してんだよ。
これでオープンに付き合えるだろ?
もう逃がさねぇよ。

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