シークレット 11

シークレット

「助けてくれて…ありがと。」

あれから1週間たっても、あの日の牧野の言葉が耳から離れない。

俺に興味を持たない苛立ちや、トイレであの男に傷つけられそうになった時の恐怖、絆創膏を貼ったときの頬への感触。
あいつに抱く感情は、すべて初めてのことばかりで、正直、俺自身が一番戸惑っている。

けれど、生まれて初めて、触れたいと思う女に出会い、これが『好き』と言うことなのかと、実感し噛みしめる毎日だ。

そして、自分の気持ちに気付いた以上、俺はおとなしくしていられる性格じゃねえ。

大学に来ると必ず牧野の姿を探し、目で追う毎日。
いつだってシンプルな服装に重そうな鞄を持ち、講義や図書館で勉強をしているあいつ。

肩まで伸びたストレートの髪、半袖から伸びる白い腕、考え事をする時にする頬づえの仕草。
何も特別なことはないはずなのに、
遠くからそれを見ながら、思わず俺は「綺麗だなぁ」と心の中で呟く。

今日も講義が終わった夕方、図書館にふらりと寄ると案の定いつもの席で勉強をしている牧野を見つけた。
その周囲には他の生徒はいない。

そっと近づいて隣の席に座ると、
「…なに?」
と、相変わらず嬉しそうな顔をしねえ。

「暇か?」

「暇じゃない。」

「腹減った、なんか食いに行こうぜ。」

「はぁ?」

「おまえに貸しがあるよな?」

そう言ってまだうっすら残る俺の頬の傷を触ると、眉間にシワを寄せて俺を睨む牧野。

「今日は無理。
家でご飯食べる約束してきてるから。」

「バイトは?」

「今日は休み。」

「じゃあ、俺もおまえのうちに行く。」

そう迷わず言う俺に、こいつはバカでかい声で
「はぁっ?!」
と反応し、そのあと自分の声のデカさに口を押さえている。

「後日、高級レストランでコース料理を俺に奢るか、それとも今日おまえのうちで飯を食うか、どっちでも俺的にはいーけどよ。
でも、高級レストランに行ったら一人5万はするだろーな。」

「5万って……、」

「まさか、この間のお礼は『ありがと。』の言葉だけで済むと思ってねーよな?」

「あんたって人は……。」

「腹減って死にそうだから、行くぞ。」

理由なんてどうでもいい。
女を落とすやり方なんて知らねぇ。
とにかく、俺がこいつといたいだけ。

机に広げられた牧野の勉強道具を強引に鞄に詰め込み、呆然としている牧野の背中を押した。



道明寺家の車に乗せられてあっという間にうちに来てしまった。

「ねぇ、ほんとにうちで食べるの?」
何度聞いても答えは同じ。
「ああ。」と頷く道明寺。

「ありえないっつーの。」

確かにこの男には借りがある。
けれど、我が家に来てご飯を食べるなんて、この男の思考回路は完全に狂っている。

家の前まで来てもなお駄々をこねるあたしと道明寺が押し問答をしていると、あたしたちの背後から、
「つくし?」と声がした。

「パパっ!」

「つくし、どうしたんだい。」

「いや、…ちょっと…」
口籠るあたしの横で、すかさず道明寺が一歩前に出て言った。

「こんばんは。
同じ大学に通う道明寺司と申します。」

「あっ、はぁ。
つくしがお世話になってます。」

パパが道明寺のオーラに引き込まれているのが分かる。

「ここで何を?」

「家で食事をしないかとつくしさんに誘われて。」

「あー、そうですか。
どうぞどうぞ、狭い家ですが入ってください。」

あっという間に道明寺の嘘に騙されたパパは、玄関に道明寺を招き入れている。

その道明寺の背中をあたしはバシッと一発叩き無言の抗議をすると、振り向いた道明寺が嬉しそうに笑い、叩いたあたしの手を握り自分の方へ引き寄せる。

まるで、恋人を家に連れてきたようなシチュエーションと、見たこともない笑顔、そしてなぜか隠すように握られた手。

どれもが予想外の展開に頭がついて行かないのと同時に、頬が熱い。



今日の夕飯は朝ママと約束したとおり鍋だった。
ママとパパには
『先日、ちょっとしたことでお世話になったので食事に招待した。』と説明し、道明寺を紹介すると、

あの有名な『道明寺財閥の息子』という事が分かった途端、両親のテンションはMAXにまで駆け上がった。

それはそうだ。
大学受験で国公立だけを受けると言ったあたしに、記念受験でもいいから名門の英徳大学を受けろと勧めたママ。落ちたとしても、試験日に白馬の王子様と出会うかもしれないから…なんて冗談を言っていたのに、

実際は英徳以外全て落ちてしまったあたし。
そんなあたしを見て落ち込むどころかママは大喜びで、未来の旦那様探しをしなさいなんて言ってたのだ。

そんな娘が、『道明寺財閥の息子』を連れてきたんだからテンションが上がるのも仕方がない。

終いには「今日はもう遅いので泊まって行ったらどうですか?」なんてトンチンカンな事まで言っちゃってる。

「ちょっと!ママ、冗談はやめてよっ。」

「冗談じゃないわよ〜。どうせ明日も大学に行くなら、ここから一緒に行けばいいでしょ。」

娘の玉の輿を願うからといって調子に乗りすぎだ。と思った矢先、

「じゃあ、お言葉に甘えてそうさせてもらいます。」
と、道明寺が答えた。

「っ!道明寺っ!」

「なんだよっ、せっかく誘って貰ったのに悪いだろ。」

「社交辞令でしょうがっ!あんたそんな事もわからないのっ?」

慌ててそう言うあたしに、この男はシレッと言った。

「……バイト仲間のピンチを救ってやったのは誰だっけ?忘れたのかよ。」

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