週に4日、あたしは団子屋の千石屋で働いている。
英徳のバカ高い授業料はうちの家計にはかなり重荷で、両親や弟にはいつも節約生活を強いている。
だから、出来るだけ時間の許す限りはバイトをして手助けしたい。
今日も千石屋の店頭で店番をしていると、女将さんがポツリと言った。
「最近、喫茶店の方に嫌なお客さんが来るのよね。」
「嫌なお客さんですか?」
「そうなの。バイトの美咲ちゃんいるでしょ。
あの子の事を気に入って、いつもバイトが終わる時間まで居座ってるのよね。」
「なんか、怖いですね。」
「でしょー。美咲ちゃんには用心してねって話てるんだけど、待ち伏せでもされてたら困るわ。」
美咲ちゃんは、都内の女子校に通う3年生。
あたしと優紀がバイトを初めて半年後に美咲ちゃんが入ってきた。
常連さんの中にはその頃からのお客さんもいるから話しかけてくる事はあっても、バイトが終わる時間まで居座り続けるのはかなり異常だ。
「しばらくバイト休んだ方がいいんじゃないですか?」
「そうよね。でも、美咲ちゃん卒業旅行のためにお金を貯めてるみたいなの。だから、働きたいって。」
「そっかぁ……。
じゃあ、帰りはあたしと駅まで帰ります?
あたしもバイトは7時までだし、喫茶店の方も7時までですよね?
駅まで、あたしが送りますよ。」
「ほんと?つくしちゃん、いいの?」
「はい、大丈夫です!
怪しい男がいたら、バシッと回し蹴りでも食らわせてやりますっ。」
「さすがっ、つくしちゃん。
じゃあ、しばらくの間、お願いできるかしら。」
「はいっ。」
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女将さんとその会話をしてから1週間。
あたしはなぜか団子屋の方ではなく、喫茶店で働かされている。
「どうせ二人で帰るんだから、別々に働くより一緒の方がいいでしょ。」
と、女将さんはニコニコ顔。
毎週木曜日の猫耳コスチュームを誰よりも楽しんでいる女将さんは、嫌がるあたしになんとか理由をつけて参加させたいのが見え見えだ。
この一週間、美咲ちゃん目当ての男は2回ほどお店に来た。
20代のオタクっぽい人ではあるけれど、注文を聞きに行くときなどはニコニコと優しそうで、決して危害を加えそうな人ではない。
バイトが終わる時間までお店にはいるけれど、特に待ち伏せする訳でもなく、「また来ます。」と言って帰っていくところを見ると、心配しなくても大丈夫だろうという気に、あたしも美咲ちゃんもなっていた。
そして、2週間経った木曜日。
今日も猫耳デーである。
嫌々ながらコスプレをしてバイトをし、ちょうど帰り時間の7時が過ぎた頃
「なんでまたおまえがここでバイトしてんだよ。」
と、違う男がやってきた。
「あんたこそなんでここにいるのよ、道明寺。」
「団子屋の前通りかかったら、バイトの日なのにおまえがいねーから、もしかしたらと思ってよ。」
なぜあたしのバイトの日を把握してるのか。
色々ツッコみたい所はあるけれど、それを美咲ちゃんの言葉が遮った。
「つくしさん。もしかして、こちら彼氏さんですか?」
「え?」
「前も一度会いに来てましたよね。
わぉ、間近で見るとマジでかっこいい!」
いつもは落ち着いた雰囲気の美咲ちゃんなのに、道明寺を見て興奮気味にはしゃいでいる。
「どこで知り合ったんですか?こんなかっこいい彼氏さんと。」
「いや、待って美咲ちゃん。この人はね、あたしの彼氏じゃないの。」
「またまた〜。じゃあ、告白はまだ?」
と、あたしと道明寺を交互に見つめて美咲ちゃんはニコニコしている。
いや、だからそうじゃないと否定しようとした時、道明寺がとんでもない事を言う。
「ああ、そーかもな。」
「はぁ?」
思わず素っ頓狂な声で反応するあたしと、
「もーう、ラブラブぅー。」
と、あたしをツンツンしてくる美咲ちゃん。
「ちょっと、何言ってんのよ。」
「聞かれたから答えただけだろ。」
「はぁ?」
「確かに、まぁ、あれだな、
告白はまだだったしな。」
なぜか照れたように言う道明寺を見て、頭が混乱してくる。
「つくしさん。今日はお店にあのお客さんも来てないですし、あたしも寄りたい所があるので、今日は彼氏さんと二人で帰ってください。」
「いや、だから彼氏さんって、」
「牧野、帰るぞ。」
「ちょっと、なんであんたが、」
まだ話は終わっていないのに、あたしは道明寺に引っ張られてお店を出る。
振り返るとお店の前で大きく手を振っている美咲ちゃん。
「お疲れ様〜!」
と、大きく美咲ちゃんが叫ぶ。
それを見てあたしはクスッと笑いながら、
「気をつけて帰ってね〜」と手を振った。

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