総務課の牧野さん 23

総務課の牧野さん

会社から帰ってきて夜ご飯の支度をしていると、20分遅れで進も帰ってきた。

「ねーちゃん、今日のご飯何?」

「親子丼。もう少しで出来るから。」

「着替えたら手伝うよ。」

お味噌汁に火を入れて、ほうれん草のおひたしに鰹節をのせて、麦茶を出して、
あとは、親子丼の卵を鍋にかき入れるだけ…… 、
そんなとき、
ピンポーン
とマンションのベルが鳴った。

「誰だろ。」

「俺出るよ。」
進がパタパタ玄関にかけていく。
そして、その勢いのまま、またパタパタ戻ってきた。

「ねーちゃん、お客さんっ!」

「誰?」

「支社長っ。」

「えっ!」

「ねーちゃん、早く行きなって。」

「……ん。……あっ、進っ、卵まだ入れてないから待ってて。」

「わかったからっ、早く。」

進に背中を押されて慌てて玄関に行くと、スーツ姿の支社長がポケットに手をいれながら立っていた。
「よおっ。」

「ど、どうしたんですか。」

「ちょっとな。少し出れるか?」

「……はい。」

無言のままエレベーターを降りて外に出るあたしたち。
そしてそのまま支社長は歩きだした。

「どこに……?」

「あー、コンビニ行くか?例のチーズのやつ。」
そう言って笑う支社長が少しだけいつもと違って元気がないような気がして、

「なんかありました?」
と聞いてみる。

「いや、……まぁな。」

あったんだ。なんかあったんだ。
仕事のことかな、それとも……。
そうぐちゃぐちゃ考えてると、急に手を掴まれて、この間のように恋人繋ぎ。

「ちょっ、支社長っ。」

「いーだろ。減るもんじゃねーんだから。」

やっぱりなんとなくいつもと違う。
話数も少ないし、別に何か用事があってきた訳じゃなさそう。
コンビニで『チーズの』を買ったあたしたちは、また遠回りをして歩いていた。

視界の先にマンションが見えてくる。

その時、支社長が
はぁーーーー。と深く息を吐いた。

「支社長?」

「ん?」
心配そうに見るあたしを優しく見返してくる支社長。

「何か……あったんですか?」
あたしのその問いかけに、少しだけ考えた支社長は、あたしの方に体を向けて、ゆっくりとあたしを引き寄せた。

いつもの強引なそれとは違って、今日は包み込むように抱きしめてくる。
その仕草がなんだか切なくて、胸が苦しくなって、何か嫌な胸騒ぎがして、抱きしめられながら
「支社長」と小さく呟いた。

すると、
「明日から2週間出張になった。」
そう耳元で支社長が言う。

「え?」

「NYに2週間。
ったく、なんで今なんだよっ。」
そう悪態をつく。

「西田のやつ、わざとっぽいんだよなー。
昨日の昼、おまえと食ったあとすぐに言ってきやがった。携帯無視したからその腹いせか?」

そんな訳がない……。
それに、無視する方が悪い。
そして、少し元気がなかったのはこれが理由か?
そう思うと、呆れると同時になんだか笑えてくる。
いや、あんた道明寺HDの日本支社長でしょっ。
出張ごとき、しかも2週間って……。

「フフフ……。あはははー。へへ。」

「おまえ何笑ってんだよ。」
腕を緩めてあたしを正面から見つめる支社長。

「え?だってたった2週間の出張ごときで文句言ってる支社長がおかしくて。」

「あ?」

「それで少し元気なかったんですか?
あたし、なんかあったのかと思って心配しちゃいましたよ。
仕事でミスってすごい損益が出たとか、取引先の社長を怒らせたとか。
あー、よかった。心配して損した。」
あたしは心底安心して、クルッと体をマンションの方に向けると、そのまま2、3歩歩きだした。

すると、そのあたしの腕をガシッと強い力で掴まれた。
そして、今度はいつもするような強引なやり方で支社長が抱きしめてくる。

「たった……じゃねーよ。」

「え?」

「たった2週間って、俺にとってはすげー長い。」
思いがけない言葉になんて返していいか分からないあたし。

「…………。」
何も言わないあたしの顔を覗きこんだ支社長は、また大きく息を吐いて、今度はあたしの肩におでこを乗せた。

「仕事はもちろん完璧にする。
社長の指示にも文句言わねぇで従う。
けど、……おまえと会えねぇのが辛い。
3日会わないだけで辛かったのに、2週間って。ヤバイだろ。
連れて行きてぇけど、おまえがおとなしくうんって言うわけねーし、電話だって時差でほとんど話せねぇだろーし。」

あたしの肩に頭を預けてそんなことをポツポツという支社長。

「2週間、他の男と出歩いたりすんじゃねーぞ。飲みに行くのもダメだ。
出来るだけおまえの起きてる時間に電話するから、仕事中でも出ろよ。
上司になんか言われたら、支社長からだって言え。」

まるで、ほんとの恋人のように束縛してくるこの人。
それが、…………嫌だと思わないあたし。

「なぁ、このまま俺の部屋にいかねぇ?」
いつかも言われた同じ台詞。

「って、俺は懲りもしねぇでまた言ってるよ。」
そう小さく笑う支社長にあたしはなぜか答えていた。

「………………行く。」

「…………え?」
ガバッとあたしの肩から顔を上げた支社長。

「行く。」

「……マジで?」

「……ん。」

「ほんとに言ってんのか?」

「嫌ならいいけど。」
照れ臭くなって可愛くない言葉が口をつく。

そんなあたしに、この人はすごく嬉しそうな顔で、
「今日は、ヤダッて言っても連れてく。
俺が我慢出来ねぇから。」
そう言って照れてるあたしの頭をかき混ぜた。

「進ーっ!ごめん。
ちょっとこれから出掛けてくる。
そのぉー、たぶん……帰りは遅くなるから、
ごはん先に…………」

「わかってるって。いいから早く用意して行きなよ。」

「うん、ごめんっ。親子丼の卵入れた?」

「大丈夫。自分で出来るから。
ねーちゃんっ、支社長によろしくっ。」

「……ん、わかった。」

弟と同居するって、こういうときが気間づい。
それをこの年になってはじめて経験するあたし。

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