もうすぐ昼休憩……そう思って午前の仕事のスパートをかけてたときに、突然耳に支社長の低音ボイスが響いた。
「よおっ。」
3日ぶりに会う支社長。
あたしのマンションに来たあと、コンビニまで買い物した帰り、突然抱きしめられて「好きだ」と言われた言葉に、あたしは答えることが出来ず、咄嗟にはぐらかした。
あれから3日目。
最初は、怒ってるかなぁ……なんて思ったけど、そのうち何も言ってこない支社長に、
冗談だったのかな、とか、やっぱり言って後悔してるのかな、とか、バカみたいにぐちゃぐちゃ考えた。
だからか、突然総務課に現れた支社長のことを、なんとなく直視出来ずパソコンから目を離せないあたし。
「飯行かねーの?」
「午後から会議だから、今のうちに食っておかねーと夕方まで持たねぇんだよ。」
そんな風に話しかけてくる支社長の言い方が、どこか拗ねてるようで、甘えてるようで、迂闊にも可愛いと思ってしまう。
けど、けど、それは反則。
こんな大勢がいるフロアで、課長がチラチラ見てる目の前で、いくら見えないようにしてるからって、あたしの耳を触ったり、あたしにだけ聞こえるように意味深なことを言ったり…………。
あたしがそういうのに全く慣れてない恋愛初心者だってことをこの人はきっと知らない。
そんなことをされて平静でいられる訳ないじゃないって、がっつり文句を言おうと思ったとき、支社長の胸ポケットでバイブ音がした。
たぶん、仕事の途中で抜けて来たんだろう。
携帯を確認することなく、あたしの頭をガシガシかき混ぜて支社長は去っていく。
「充電完了」か…………。
チラッと時計を見るとお昼まであと15分。
この人、ほんとにお昼はどうするんだろう。
このまま午後の会議に突入なのかな…………。
そんなことを思いながら目線を上げると、フロアを出ていく支社長の後ろ姿が目に入る。
そんな姿を見て、あたしは咄嗟に体が動いてた。
自分のデスクの引き出しをあけて、奥の方にしまってある小さな包みをいくつか持って、今出ていった支社長の後を追う。
フロアを出ると、ちょうどエレベーターに乗り込む支社長の姿。
あたしは駆け出しながら、
「支社長っ。」と叫んでた。
「おっ、どした?」
今、まさにエレベーターが閉まりかけてたのを手で遮って開いたあたしは、
「これっ。」
と言って、支社長に小さな包みを差し出した。
エレベーターに乗り込んだまま、その包みを覗き込む支社長に、
「こんなのしかないですけど、お腹の足しになれば。暴走されたら、秘書のかた、困りますから。」
そう言ってチョコクッキーと、キャラメル、おつまみ豆、おかき……デスクに隠してたあたしの非常食たちを見せる。
そして、それを受け取ってくれると思って伸ばされた支社長の手は、なぜかあたしの腕を引っ張りエレベーターへと強引に引きずりこんだ。
「えっ、……ちょっと、待って、」
そんな慌てたあたしの声なんて完全に無視してこの人はエレベーターを閉じたあと、
「そんなガキが食うようなもんじゃなくて、俺はこっちが食いてぇ。」
そんなバカなことを言いながら、あたしの口に優しく食い付いてきた。
「んーっ……なにっ、……ダメですって……」
「うるせー、キスしてるときぐらい黙ってろ。」
「だ……から……、んっ……会社………んっ」
「誰もいねーじゃん。」
「んっ……くちゅ……ダメですって……ん。」
必死に抵抗したけど、この大きな手に頭と頬を押さえられてたら、あたしなんてあっという間に食われるほどこの人は猛獣で、
5階上の支社長専用フロアに到着するまで濃厚なそれは続いた。
「もうっ!信じらんないっ!バカバカっ。」
「なんだよ、だから暴走するって言ったろ?」
ニヤッと笑いながらそう答える支社長。
「暴走って、そういう意味だったの?」
「ああ。だから忠告してやったのに。」
「変態っ、エロおやじっ、クルクルパーっ!」
支社長専用フロアに着いたあともエレベーターに乗ったままそんな暴言を吐きまくるあたしに、支社長はものすごく甘い顔で笑う。
だから、あたしは益々恥ずかしくなって、更にバカだのアホだの言いまくった。
ここが支社長専用のフロアで、他の社員がいないと安心しきってたから吐いた暴言だったのに、
まさかそれを聞かれてるなんて…………。
「支社長、お戻りになられましたか。」
突然あたしたちの前に現れた秘書の西田さん。
「キャッ!」
あまりに驚いて叫んでしまうあたし。
もしかして、聞かれてた?
バカとかアホとかエロおやじとか。
クルクルパーまで言ったよねあたし…………。
でも、いつも通りポーカーフェイスの西田さんを見ると、たぶん聞かれてない、大丈夫。
そう思って安心して、
「課に戻ります。」
そう言って頭を下げたあたしの前で、
「西田、あと何分ある?」
と聞く支社長。
「会議まで30分ですが、資料に訂正箇所がありますので、それに目を通して頂くお時間が少し。」
「わかった。資料オフィスに持ってきてくれ。
それと、昼はこいつと取るから、飲み物だけ二人分用意してくれ。」
「わかりました。」
目の前で交わされる会話を、普通の業務連絡と思いながら聞いていると、途中からなぜかあたしの方を見て話す二人。
えっ?二人で?ん?
支社長が言った意味を理解できないまま、あたしはまた腕を引っ張られて強引にエレベーターから下ろされる。
「えっ?ちょっと、支社長……。」
戸惑うあたしに、この人は腕時計を見ながらむちゃくちゃ綺麗に笑って言った。
「もう社員も休憩時間だろ?」
時計を見ると12時ピッタリ。
腕を引かれながら支社長のオフィスに入るあたしたちに、秘書の西田さんが言った。
「支社長、エロおやじと言われるようなことはお止めください。セクハラ問題になりますので。」

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