湯船に浸かって四年前の思い出にひたっていたあたしはそのままウトウトと眠っていたらしい。
「ねーちゃん?」
進の声で目が覚めて慌てて湯船から飛び出した。
「進、ご飯出来てるよ。」
「今行くー。」
我が家の朝のいつもの会話。
進が就職してからあたしたち姉弟は一緒に暮らしている。
進には学生時代から付き合ってる可愛い彼女もいて、近い将来結婚も考えてるらしい。
だから、今はひたすらお金を貯めるためにあたしのマンションに転がり込んできた。
「お味噌汁よそっていい?」
「うん。」
進が席につくのを確認してあたしは二人分のお味噌汁をよそっていた時、突然進が変なことを聞いてきた。
「ねーちゃんさー、彼氏でも出来た?」
「はっ!ガチャ!わぁっ!あっつい!」
「ねーちゃん大丈夫!火傷した?冷しなよっ!」
「あっつ。」
慌てて冷水をかけ流すあたしを見て
「動揺しすぎでしょ。」
と笑う進。
「彼氏なんて出来てないし。」
「そうなの?ここ最近、朝帰りが多いから彼氏でも出来たのかと思った。」
「余計なこと詮索してないで自分の心配でもしてなさいよっ。」
「はいはい。
……でも、ねーちゃんもいい歳なんだから彼氏くらい作れば?」
「こらっ!進、それ以上言ったら朝御飯作ってあげないからねっ。」
「はいはい、わかったよっ。」
冷水に腕を浸しながら考える。
彼氏でも何でもない人に抱かれたあとの翌朝に、弟にご飯を作ってあげながら、彼氏でも作りなよと言われてるあたしって…………。
進の言うように、あたしも「いい歳」になっちゃった。
だから、きちんと恋愛しなくちゃいけないのは分かっているのに…………。
午前中は昨夜のことをすべて忘れるのには都合がいいほど仕事に終われて過ぎていった。
時々、朝の腕の火傷がズキズキと痛んで、大きめのガーゼを貼りかえるのに休憩を取ったくらいで、あとはトイレに行く時間もないくらいバタバタしていた。
「牧野さん、昼休憩入って~。」
同僚の吉田さんが声をかけてくれるけど、
「これ終わったら入りまーす」
そう返事をして30分。なかなか区切りがつかない。
先に昼に入った先輩が差し入れにくれた野菜ジュースを飲みながらなんとか空腹をしのいでいると、
「牧野さんっ!」
とまた吉田さんの声。
「あ、はーい。これ終わったらお昼行きますから~。」
パソコンに目を向けたままそう答えるあたしに、
「飯くらい食えよ。」
そう聞き覚えのある声がした。
ガバッと顔をあげてその声の方を見ると、既にあたしの席のそばまで来ていた支社長。
何も言えないでいるあたしを横目に、支社長はいきなりとなりの席の椅子をガラガラと持ってきて、あたしの横に座った。
「っ!…………」
あたし同様、フロア全体の視線が支社長に集中する。
それを分かってるはずなのに、この人は何も気付いていない風に目の前のあたしだけを見ながら言う。
「飯は?」
「…………まだです。」
「それ終わらすのにあとどれくらいかかる?」
「…………かなり。」
嘘つきなあたし。
「ふぅーーー。
ったく、しょーがねーな。
腕出せよ。」
「は?」
「いいから腕出せって。」
訳が分からなかったけど、どんどん不機嫌になっていく支社長を前に、言われた通りに腕を出したあたし。
すると、ぐいっとその腕を自分の方に引き寄せたかと思ったら、スーツのポケットから見覚えのある物を取り出した。
そう、それはあたしの腕時計。
一気に心臓がバクバクいう。
支社長はその腕時計をゆっくりとあたしの腕にとめていく。
そして、
「外したのは俺だから、つけてやるのも俺がしてやるよ。」
そうあたしだけに聞こえるように言った。
信じられないっ。
他の人がたくさんいるっていうのにっ。
バカバカっ!
そう目で訴えるあたしに、支社長はニヤッと笑ったあと、
「おまえ、これどーした?」
そう聞いてきた。
「え?」
「これ、どーしたんだよ。」
支社長の視線の先は火傷のガーゼ。
「昨日はこんなケガしてなかったよな?」
「ちょっ!声が大きいですっ。」
「うるせー。どーしたんだって聞いてんだよ。」
「ちょっと朝、色々あって…………。
支社長には関係ないです。」
弟に彼氏作れってからかわれて、手元が狂って火傷したなんて話せるかっ!
あたしは心の中で目の前の支社長に突っ込みをいれたのに、その表情をまさか支社長が変に誤解してるなんて思いもしなかった。
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ちょいと師走の多忙で「無敵」の続きがなかなか書けてませーん!お許しを。総務課の牧野さんでほっこりしてくださいませ。
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