無敵 10

無敵

次の日、いつもより早く出社した俺は、
専用のポットを持ち、あの男が働くカフェへと向かった。

西田に調べさせた所、歳は27で俺の1つ下。
雇われ店長ではあるけれど、やつが店長になって以来、売上もかなり好調らしい。

店に躊躇なく入ると、カウンターの向こうから
「いらっしゃいませ。」と、男が言った。

専用のポットを差し出し、「いつものを。」と伝えると、一瞬間があったが笑顔で「お待ちください。」と言う。

カウンターの側にあるテーブル席に座り、コーヒーが出来上がるのを待っていると、
「お待たせしました。」と、席に近付いてきた男が、テーブルにポットを置き、俺に聞いた。

「今日は牧野さんは?」

「まだ出社してませんが。」
俺がそう答えると、

「あー、そうですか。
具合が悪くて休んでるのかと思いました。」
そう言って安心したように笑う。

「うちの牧野がお世話になっているそうで。」

「いえ、そんな。
こちらこそ毎日店を利用して下さって感謝しています。
牧野さんと会うと僕まで元気になれますし。」
なんの迷いもなくそう言うこいつに言ってやる。

「ありがとうございます。
婚約者として光栄です。」

「……え?」
明らかに奴の顔が強張っていく。

「婚約者って、牧野さん…ですか?」

「はい。」

それ以上何も言わない奴に、俺は胸ポケットから名刺を一枚取り出して言う。

「申し遅れました。
道明寺ホールディングスに勤める道明寺司と申します。牧野つくしは俺の婚約者ですので、今後お見知りおきを。」

俺はテーブルに副社長と記された名刺を置き、店を後にする。

これだけ威嚇すれば、十分だろう。
それでもかかってくるならいつでも相手してやる。




オフィスに戻り、ソファに座るとゆっくり目を閉じる。

そして、意を決して携帯を取り出しコールする。

「あきら、朝からわりぃ。」

「どうした司、何かあったか?」

考え抜いて、一番適任だと思った相手があきらだった。

「一つ、聞きてぇ事があるんだ。」

「なんだよ。」

「牧野の事だけどよ、」

「牧野?」

「俺とあいつは婚約してたんだよな?」

「ああ。」

「だとしたら、もちろんあいつに渡してるよな?婚約指輪。」

「あ?婚約指輪?」

「ああ。」

「……確か、おまえ特注で作らせたはずだぞ。
世界に一つだけだとか何とか言って、相当金もかけたから牧野に呆れられてたな。」

あきらのその言葉を聞いてホっとする。
でも、だとしたら気に食わねぇ。

「司、婚約指輪がどうしたんだよ。」

「……してねーんだよ。」

「あ?」

「だから、あいつ、指輪なんてどこにもしてねえ。
まさか、俺が指輪も贈ってねえのかと思って確かめたかったからよ。」

「クックック……。
朝から深刻そうな声で電話してきたかと思えば、そんなことかよ。」

「……悪かったな。
でも、サンキュ。あいつらには言うなよ。」

「分かってる。
まぁ、頑張れよ司。」

あきらか言うなら間違いなく俺は牧野に指輪を渡している。
それならなんの迷いもねぇ。

オフィスを出て廊下の先にある秘書室に向う。

「副社長。」

「牧野は?」

秘書室にいた西田にそう聞くと、
「給湯室にいるかと。」
そう答える。

秘書室の先にある給湯室に向かうと、今まさにカップにコーヒーを注いでる牧野がいた。

「牧野。」

「あっ、おはようございます。
どうかしましたか?」

仕事モードのこいつの手からポットを奪い、言ってやる。

「コーヒーの買い出しは、これからは西田にやらせる。」

「えっ!
だって、あたしの仕事なのにっ、」
予想通りの反応。

「変な男が寄ってくるだろ。」

「そんなっ……。
でもっ、仕事はきちんとやらせて下さい。」

嫌だけど、でもこいつらしい返答に顔が緩む。

「じゃあ、交換条件だ。」

「交換条件?」

「男に声かけられねぇように、ちゃんと指輪してこい。」

「……え?」

キョトンとして俺を見上げる牧野の左手を取り、そっと薬指を撫でる。

「婚約指輪、渡してあるよな?
毎日、ここにきちんと付けて来い。」

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