次の日、いつもより早く出社した俺は、
専用のポットを持ち、あの男が働くカフェへと向かった。
西田に調べさせた所、歳は27で俺の1つ下。
雇われ店長ではあるけれど、やつが店長になって以来、売上もかなり好調らしい。
店に躊躇なく入ると、カウンターの向こうから
「いらっしゃいませ。」と、男が言った。
専用のポットを差し出し、「いつものを。」と伝えると、一瞬間があったが笑顔で「お待ちください。」と言う。
カウンターの側にあるテーブル席に座り、コーヒーが出来上がるのを待っていると、
「お待たせしました。」と、席に近付いてきた男が、テーブルにポットを置き、俺に聞いた。
「今日は牧野さんは?」
「まだ出社してませんが。」
俺がそう答えると、
「あー、そうですか。
具合が悪くて休んでるのかと思いました。」
そう言って安心したように笑う。
「うちの牧野がお世話になっているそうで。」
「いえ、そんな。
こちらこそ毎日店を利用して下さって感謝しています。
牧野さんと会うと僕まで元気になれますし。」
なんの迷いもなくそう言うこいつに言ってやる。
「ありがとうございます。
婚約者として光栄です。」
「……え?」
明らかに奴の顔が強張っていく。
「婚約者って、牧野さん…ですか?」
「はい。」
それ以上何も言わない奴に、俺は胸ポケットから名刺を一枚取り出して言う。
「申し遅れました。
道明寺ホールディングスに勤める道明寺司と申します。牧野つくしは俺の婚約者ですので、今後お見知りおきを。」
俺はテーブルに副社長と記された名刺を置き、店を後にする。
これだけ威嚇すれば、十分だろう。
それでもかかってくるならいつでも相手してやる。
:
:
:
オフィスに戻り、ソファに座るとゆっくり目を閉じる。
そして、意を決して携帯を取り出しコールする。
「あきら、朝からわりぃ。」
「どうした司、何かあったか?」
考え抜いて、一番適任だと思った相手があきらだった。
「一つ、聞きてぇ事があるんだ。」
「なんだよ。」
「牧野の事だけどよ、」
「牧野?」
「俺とあいつは婚約してたんだよな?」
「ああ。」
「だとしたら、もちろんあいつに渡してるよな?婚約指輪。」
「あ?婚約指輪?」
「ああ。」
「……確か、おまえ特注で作らせたはずだぞ。
世界に一つだけだとか何とか言って、相当金もかけたから牧野に呆れられてたな。」
あきらのその言葉を聞いてホっとする。
でも、だとしたら気に食わねぇ。
「司、婚約指輪がどうしたんだよ。」
「……してねーんだよ。」
「あ?」
「だから、あいつ、指輪なんてどこにもしてねえ。
まさか、俺が指輪も贈ってねえのかと思って確かめたかったからよ。」
「クックック……。
朝から深刻そうな声で電話してきたかと思えば、そんなことかよ。」
「……悪かったな。
でも、サンキュ。あいつらには言うなよ。」
「分かってる。
まぁ、頑張れよ司。」
あきらか言うなら間違いなく俺は牧野に指輪を渡している。
それならなんの迷いもねぇ。
オフィスを出て廊下の先にある秘書室に向う。
「副社長。」
「牧野は?」
秘書室にいた西田にそう聞くと、
「給湯室にいるかと。」
そう答える。
秘書室の先にある給湯室に向かうと、今まさにカップにコーヒーを注いでる牧野がいた。
「牧野。」
「あっ、おはようございます。
どうかしましたか?」
仕事モードのこいつの手からポットを奪い、言ってやる。
「コーヒーの買い出しは、これからは西田にやらせる。」
「えっ!
だって、あたしの仕事なのにっ、」
予想通りの反応。
「変な男が寄ってくるだろ。」
「そんなっ……。
でもっ、仕事はきちんとやらせて下さい。」
嫌だけど、でもこいつらしい返答に顔が緩む。
「じゃあ、交換条件だ。」
「交換条件?」
「男に声かけられねぇように、ちゃんと指輪してこい。」
「……え?」
キョトンとして俺を見上げる牧野の左手を取り、そっと薬指を撫でる。
「婚約指輪、渡してあるよな?
毎日、ここにきちんと付けて来い。」

にほんブログ村
↑ランキングに参加しております。応援お願いしまーす♡コメント欄は記事下にありますので、ご感想などどうぞー。
コメント