初めてキスをした。
いや、正確に言えば初めてではないけれど、
記憶を失ってからは、初めてだ。
昨夜、牧野に触れてから、俺の脳内はまじでヤバい。
思春期の高校生かってくらい、何度もあの唇の感触を思い出し、身体が熱くなっている。
肝心の記憶は……と言えば、変化なし。
けど、無意識な行動の中にも、確実に繋がってきている手応えはある。
「おはようございます。」
「おう。」
「何かありましたか?いつもより出勤が早いですけど。」
そう聞く西田の顔を見て、思い出した。
「西田、てめぇ、俺のこと騙しただろっ。」
「はい?なんのことでしょう。」
「牧野の家族に不幸があったって言ったよな。」
「はい、申しました。」
「家族って、」
「インコさまですよね。」
やっぱり知ってたかこいつはっ!
「紛らわしい言い方すんじゃねーよ!
インコはペットだろーが。」
「副社長、今の時代はペットも家族同然です。
でも、牧野さんにわざわざ電話して聞いたのですか?ピー助の話し。」
わざわざ電話して、どころか、わざわざ会いに行ったとは口が避けても言いたくねぇ。
「うるせー。仕事するぞ。」
「承知しました。」
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その10分後、牧野がオフィスに顔を出した。
「おはようございます。」そう言って、
いつものようにコーヒーを俺のデスクに置く。
チラッと視線を送ると、その視線を避ける仕草にまた熱くなる。
緩みそうになる口元を隠すようにコーヒーをひとくち口に入れた時、いつもと違う香りに違和感を感じた。
「コーヒー、変えたか?」
「…あー、分かります?」
「ああ。」
「たまには違うお店のもいいかなーと思って。」
オフィスが入っているビル内にカフェショップが4軒入っている。
その日に合わせて、毎朝コーヒーを専用ポットで買うことにしている。
以前は西田の仕事だったが、今は牧野が毎朝ショップに行って、最近は同じ店の同じ豆で淹れたコーヒーを買ってきていたはずだ。
「前のコーヒーの方が俺は好きだ。」
「そう?」
「酸味がキツくないだろ。」
そう言うと、なぜか俯いて
「……わかりました。
後で、買い直してきます。」と、牧野が言った。
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その日の午後、総務部へ行くためガラス張りのエレベーターに乗り込むと、ビルの1階にあるカフェ前に牧野の姿を見つけた。
今朝のコーヒーの件で、買い直しに行ったのか?と思ったが、隣には知らねぇ男が立っていて、牧野と何やら話している。
あんな男、会社にいただろうか……
そう考えていると、総務部がある階に着き扉が開いた。
その時は、特に何も気にしていなかったが、
その次の日の朝も、
会社に着きエントランスへ入ると、
ちょうど出社してきたばかりの牧野の隣には昨日の男。
長身で細身のその男は、ラフなパンツに黒シャツ。ネクタイも付けていないところをみると、うちの会社のやつではないだろう。
オフィスに入り、スーツの上着を脱ぐと、
内線をつなぐ。
「はい。」
「西田、牧野は?」
「コーヒーの買い出しに行ってますが。」
「戻ったらすぐにここにくるように言ってくれ。」
10分後、ノック音がして牧野がオフィスに入ってきた。
「おはようございます。」
そう言う牧野に直球で聞く。
「さっき一緒にいた男、誰だよ。」
「え?」
「昨日も二人でいるとこ見かけた。
うちの会社のやつじゃねーだろ。」
そう言う俺に、
「あー、あの人?
たまたま、朝によく会う人で、挨拶程度の会話をするだけっ。
全然親しい人じゃないよ。」
と、牧野が言う。
「ほんとか?」
「うんー。」
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それから3日後、
他社での打ち合わせを終えたあと車で会社に戻ると、ビルから出る牧野を追いかけるようにしてあの男が声をかけているのを車内から見かけた。
腕時計をみると18時半。
18時には退社する牧野を待ち伏せしていたのか。
すると、隣に座る西田が俺の内心を読んだかのように言う。
「いつも利用しているコーヒーショップの店長です。」
「あ?」
「毎朝、牧野さんがコーヒーを買いに行くので親しくなったようですが、ここ最近はかなりしつこく言い寄ってるようですが。」
「そういう情報はもっと早く言えよっ!」
「牧野さんから聞いているかと……。」
西田に当たってもしょうがねぇ。
すぐに携帯を取り出して牧野にコールする。
「もしもし。」
すぐに出た牧野に言ってやる。
「急用だ、今すぐオフィスに戻ってこい。」
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