道明寺財閥の御曹司。
地位も金も権力も敵無しの俺だが、
唯一、欠けているものがある。
それは、
……記憶らしい。
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「道明寺、聞いてる?」
「…あ?」
「だから、コーヒーは飲み過ぎないでね。
カフェインの取りすぎ。」
俺の横で小言を言うこの女。
牧野つくし。
俺はこいつの記憶だけが欠如した記憶障害。
半年前、長いニューヨーク生活から帰国した俺は、降り立ったばかりのその日に、邸に戻る途中事故にあった。
原因は相手の車の居眠り運転。
後部から追突され強い衝撃を受けた俺は、記憶の一部を欠如してしまった。
それは、俺にとって大事な記憶だったらしい。
半年後に結婚する予定になっていた女の存在が頭からすっぽり消え去っていた。
他の記憶には問題なし。
たった一人の女の記憶だけ真っ白。
医師に言わせれば、強く思うあまりに脳が混乱しているのだとか…。
結婚も決まり、あとは俺の帰国を待って籍を入れるだけだったはずなのに、綺麗すっかり忘れられた女は、
「あんたって人はどこまで手がかかるのよ。」
と、小さく呟いたあと、俺の胸を強く叩いた。
ババァも姉ちゃんもこの女とは結構仲がいい。
俺よりも「つくしちゃん」が大事らしく、どうにか俺に記憶を取り戻させるために必死だ。
出来るだけ側に置いておけば、失われた記憶も戻るだろうと、ババァはこの女を俺の秘書として雇うことにした。
そうして、西田とこの牧野が秘書としてついて半年、俺の記憶は…と言えば、
相変わらず、この女だけ真っ白のまま。
「牧野さん、もう遅くなったので帰ってください。」
「はい。
西田さん、頼まれていたファイル、机の上に置いておきました。」
「ありがとうございます。確認しておきます。」
秘書のプロである西田に手取り足取り教えられながら、なんとか秘書業をこなしているこいつに、俺は最近妙な感情が湧き始めている。
それは……。
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俺より先にオフィスを出たはずのこいつが、
「おかえりなさい。」
と、邸のエントラストで出迎えた。
「おまえ、なんでここに?」
「仕事早く終わったから来ちゃった。
タマさんにも誘われていたし。」
スーツから私服に着替えたこいつが、俺のあとをぴょこぴょこ付いてくる。
「道明寺、すぐご飯食べる?」
「……ああ。」
「じゃあ、用意してくる。」
そう言って、ダイニングの方へ方向転換していく牧野。
その姿を見ながら、ネクタイを緩める。
部屋に入り、着替えるためクローゼットに行くと、胸ポケットで軽く携帯が振動した。
「おう、あきら。」
「司、仕事終わったか?」
「ああ。」
「今から出てこいよ。
いつもの所で呑んでるから。」
その誘いに、少しだけ返答が遅れる。
「司?」
「ああ、分かった。今から出る。」
そう言って携帯を切ったと同時に、
「道明寺?」
と俺を呼ぶ声がした。
クローゼットから出て、部屋の入り口に視線を移すと、扉から顔だけ出してこっちを見ている牧野の姿。
「もう、ご飯出来てるから着替えたら来て。」
「出掛けることになった。」
「…え?」
キョトンとした顔で俺を見つめるこいつ。
「…どこに?」
「呑んでくる。」
そう言って、はずしたばかりの腕時計をもう一度身につけながら部屋の扉へと向う。
扉の前に立つこいつの横を素通りして、部屋を出ていく俺に、
「呑みすぎないでね。」
と、声をかける牧野。
それを背中で受けながら思う。
そんな寂しそうな顔すんなよな。
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