総務課の牧野さん 13

総務課の牧野さん

猛烈な寒気で目が覚めた。
部屋の中はさっきと同じで暗いまま。
まだ停電なおってないんだ…………。

そう思いながら部屋を見回すと、またデスクで仕事をしてる彼の姿があった。
ひとつしか違わないって言ったっけ。
なんの仕事をしてるんだろう。
こんな広い部屋に暮らしてるからお金持ちなのかな。
さっきまであんなにたくさん話したのに、肝心なことは何も聞いていないことに今更気付く。

体を包む毛布を首まで引っ張りあげてソファに座ると、その気配に気付いたのか彼が近づいてきた。

「寒いか?」

「いえ、大丈夫です。」
さっきと同じ会話。
でも、体は芯から冷えていた。

「明かりがついたら起こすから寝てろ。」
そう言ってもう一枚の毛布もあたしにかけてくれようとするから、

「あ、大丈夫です。毛布一枚あれば充分だから。」
あたしはそう言って彼に毛布を返そうとするのに、手が震えてうまく掴めない。

「おまえ、バカっ、すげー震えてんじゃん。」

「…………」

「寒いんだろっ。濡れた服は全部脱いだのか?」

「…………はい。」
その返事を聞いたあと、彼は足早にどこかに行ってしまう。

そして戻ってきた手には大きめのTシャツとパーカー。

「これぐらいしかおまえが着れそうなのねーけど、少しはいいだろ。
その上からでも着とけ。」

「すみません。」
遠慮しないといけないのは分かっているけど、この寒さには勝てない。
素直に受けとると毛布を少しだけずらしてパーカーを着ようとしたけど、その間も震えが止まらない。

そんなあたしを見て「っ……バカっ。」と小さく呟いた彼は、
「何もしねーから、おとなしくしてろ。
こうした方が少しはましだろ。」
そう言って後ろから優しくあたしを抱き締めた。

突然のことに言葉が出ないあたしに、
「すげー冷えてる。風邪引くかもな。
ガキじゃねーんだから、寒いならちゃんと言えよっ。あ、おまえはガキかっ。」
そんな風にあたしをからかって、怯えさせないように、不安がらせないようにしてるのがひしひしと伝わってくる。

だから、素直にその優しさに甘えて、
「ガキじゃありませんっ。」
と答えながらも、少しだけその背中の温もりに体を預けた。

さっきまであんなに寒かったのに、嘘のように体が暖まってくる。
ソファの下に後ろから抱かれるようにして座ってるあたしは、彼の心臓の音が聞こえるくらい密着してる。
それが、こんなに心地いいと思ってる自分がいて、戸惑うほど。

時々、
「眠ってもいいぞ」とか
「髪乾いたな」とか
耳元で言ってくる声があたしをゾワッとさせて、
心の中で何度も落ち着けと言い聞かせた。

そして、後ろからあたしのお腹に回された彼の手が、少しだけ強く抱き締めてきたのを感じて、そっとあたしもその手に触れたのをきっかけに、
あたしの『はじめての夜』がはじまった。

後ろから抱きしめられたままするはじめてのキスや、キスをしながら下ろされていくパーカーのチャックの音。
何も身に付けていない体に触れる温かい大きな手の感触。
痛みと共に感じる少しの快感。

どれもが甘い出来事だった。

目覚めるとベッドには彼の姿はなかった。
もう日も開けて、はじめて見るその部屋は思っていた以上にすばらしかった。
彼は何者なんだろう。

脱ぎ捨てたバスローブをはおり、ベッドに腰かけたあたしの目に、
『すぐ戻る、もう少し寝てろ。』
そう書いたメモがうつった。

それを見て、急激に昨夜のことが頭を駆け巡る。
どんな顔で会えばいいんだろう。
無我夢中だったけど、あたし、ちゃんと出来たのかな。
はじめてだって気付かれただろうか。

そんなことを考え出すと、
…………もうそれ以上は無理だった……。

生乾きの下着とスーツを手早く着込み、ショートカットの髪を手でバサバサと整えて、持ってきた鞄と靴を履く。
…………え?

靴が……直ってる?

いや、よく見ると、あたしの靴じゃない。
昨日、ヒールが壊れたあたしの靴はこんな高級なものではない。
それなのに、そこに綺麗に置かれた靴は、色も形もあたしのものとそっくりな靴。

それに足をそっと踏み入れたあたしは、深く息を吐くと、部屋をぐるっと見渡した。
「なんか、夢の世界みたい…………。」
そう呟いて、意を決してドアノブに手をかける。

そのまま少し考えて、あたしはもう一度靴を脱いだ。
そして、さっきまで寝ていたベッドへと走っていく。
走りながら、鞄から就職祝いにパパとママから贈られたべっこう柄のペンを取り出すと、
ベッドサイドの彼が残した
『すぐ戻る、もう少し寝てろ。』
そのメモの下に、最初で最後のメッセージを書き込んだ。

『昨夜はありがとうございました。
靴、大切に使わせてもらいます。』

その時、ペンを忘れていったことに気付いたのは、だいぶあとになってからだった。

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コメント

  1. yyjj より:

    何度も読ませていただいてるのにドキドキ、あぁ!そうそうって感じでまた、楽しませてもらっています♪
    ありがとうございます‼️

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