こいつに背中を押されたままエレベーターに乗り込んで、あの二人が降りた階へと急ぐ俺ら。
エレベーターがその階に到着して降りると、廊下には人の気配がねえ。
「もう部屋に入っただろ。」
「うそ……遅かったか……。」
キョロキョロと廊下を見回しながらそう呟くこいつ。
その時、廊下の影から人の気配と話し声がした。
咄嗟に死角になる壁の影に隠れる俺ら。
「ビックリしたー。」
とか呟きながら体を小さくして隠れるこいつとの距離がすげー近い。
慌てて隠れたからか、肩まであるストレートの髪が前髪の方まで移動してきて目に入りそうになっている。
俺はそっと手を伸ばしてその髪に触れ、もとの場所に戻してやりながら、こいつの耳を少しだけ触った。
その俺の動きに困ったような顔をして下を向くこいつがすげーツボで、そのまま顔を上げさせようとしたその時、
廊下から男女の笑い声が聞こえた。
ビクッと肩を揺らしたこいつが、壁から目だけ出して覗きこんで、
「支社長っ、課長ですよ。
まだ部屋に入ってなかったみたい。
どうしよっ……支社長、行けます?」
行けます?の意味がわかんねぇ。
ポカンとする俺に、
「だからっ、偶然を装って課長に声かけてくださいっ。
そして、強引にキーを奪うとか?」
奪うとか?の意味もますますわかんねぇ。
「もうっ!使えないんだからっ。
しょーがないな。あたしが行くか。」
勝手に指示して、勝手にダメ出しされるこっちの身にもなれよ。
どんな作戦を立ててるのか知らねえけど、勢いだけで行こうとしてるこいつの体を引き留めて、
「行けばいいんだろ、行けば。
その代わり、あとで覚えとけよっ。」
俺はそう捨てぜりふを残して廊下へと出た。
廊下の向こうから男女が体を密着させながら歩いてくる。
手には缶ビールをいくつか持ってるところを見ると、この階の自動販売機で買い物してたらしい。
前を歩く俺には気付いてないらしく、男の手が女の腰の辺りをユラユラと撫でている。
あと数十メートル……というところで、俺が仕掛けた。
「おう、こんなところで珍しいですね。」
その声に顔を上げた男の表情が一気にこわばっていくのがわかる。
「し、支社長っ!」
「確か、管理課の三沢課長でしたね。」
「は、はい。」
「こちらは?」
わざとらしく女へと視線を移してやると、
「あ、えっと……親戚の子が上京してきまして、ここに泊まるのに案内してたんです。」
苦し過ぎる言い訳。
「そうですか。
聞きました、奥さんが大変な手術をされたそうで。課長は愛妻家で有名だそうですからさぞかし心配ですね。」
「あっいえ、まぁ……。」
「こんな所で『親戚の子』に油売ってないで、病院にでも顔だしてあげたらどうですか。」
「はぁ、まぁ…………」
それでも曖昧な返答のこいつに、
「帰れって言ってんだよっ。」
その俺の言い方と態度で、完全に嘘がバレてると自覚したんだろう。
女の腰から手を離し、キーを女に渡すと、
「失礼します。」
と駆け出すようにエレベーターへと消えた。
残された女はボーっと俺に見とれてやがる。
その女の手から俺はキーを取り上げて、
「おまえもさっさと帰れ。」
そう言ってエレベーターに押し込んでやった。
静かになった廊下の先。
壁の横からぴょこんとあいつの頭だけ見えている。
おまえ、それで隠れてるつもりなのかよ。
俺はそこまでゆっくり近付くと、
「終わったぞ。」
そうこいつに言ってやった。
すると、壁からピョンと体全体を出して、
俺に向かって親指を立ててきた。
そして、
「支社長、グッジョブ!!」
そう言ってこいつが笑った。
むちゅくちゃ、破壊力があった。
なんだよそれ。
可愛すぎだろ。
親指を立てたまま、俺にニコッと笑うこいつが、
もうどうしようもなく愛しくて、
その俺に向けられた腕を掴むと、
そのまま死角になっている壁に押し込んだ。
「し、支社長?」
急に体を拘束されたこいつが不安げに言ってくるが、これぐらいの対価は支払ってもらう。
「いい演技だったろ?ご褒美はくれねーの?」
「えっ?…………んっ、
……待って…………んっ……くちゅ……」
キスしただけなのに、体が痺れるほどの快感。
もっと……もっと……おまえが欲しい。
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