マンションに着いたのは朝の5時だった。
昨夜、トイレに立ったまま店を出たあたしは、財布も携帯も店に置いてきたまま。
滋さんかその友人が気付いてくれていればいいけど……後でお店にも電話してみよう。
タクシーでマンションまで帰ってきて、運転手を待たせたまま部屋からお金を取ってくる。
鍵は合鍵を隠してあったからなんとか大丈夫。
進を起こさないように、そぉーとリビングを抜けてバスルームに入ったあたしは、ガチャと鍵を閉めて、ズルズルとその場に座り込んだ。
どれぐらいそうしていただろう。
もう用意しないと仕事に遅れちゃう。
そう思って、まずはバスタブに熱いお湯をはるため蛇口を捻り、次に昨日したままのメイクを落とすため洗面台の鏡を見た瞬間、
「っ!……うそ……でしょ……」
あたしは、絶句した。
鎖骨の辺りに散りばめられた赤い痕。
いい大人なら誰でも気付くその印。
それを見て、朝起きてからずっと考えないようにしようと思っていた昨夜の出来事が頭を駆け巡る。
それでも、頭をブンブン振って見なかったことにして、熱い湯船の中にジャブンと入り、膝を抱えて頭が空っぽになるまでひたすら待った。
でも、そんなあたしを嘲笑うようにあいつの残した痕が記憶を呼び戻す。
胸の膨らみにも、おへその横にも、そして太ももの内側まで、赤い花びらが咲いたように無数の痕が残っている。
そして、熱いお湯に浸かったからか、少しだけあたしの敏感なところがヒリヒリとしている。
その事実が、つい何時間か前にそういうことをしてきたという紛れもない証し。
「どうすんのよ、あたし…………。」
湯船につかりそっと呟く。
もう随分してなかったから、もっと痛いかと思った。
もっと恥ずかしいかと思った。
けど、久しぶりの行為はそんなことも忘れさせるほど……優しかった。
あたしに触れる手も、押し付けてくる唇も、固いそれも、どれもが優しく、それでいてあたしを追い詰めてきて、何度も頭の中が真っ白にさせられた。
そのたびに、少しだけ笑いながら
「おまえの中、すげーヒクヒクしてる」
とか意地悪なことばっかり言って、またあたしを揺らしてくる。
そんな風に身も心も完全に蕩けさせられたあたしは、そのあとは吸い込まれるように眠ってしまった。
ふと、何かの物音で目が覚めたあたしは、隣で眠る支社長を見て、一気に現実に戻された。
今、もし支社長が起きたら…………
あたし恥ずかしさで死ねる。
舌噛んで死ぬかも。
ドンドン
「ねーちゃん?帰ってたの?」
「あっ、進、ごめん。さっき帰ってきた。
滋さんの家で飲んでたから……」
「何度か電話したけど出なかったから心配したよ。」
「ごめん、ごめん。寝ちゃってたの。
今出るから。」
「ん。朝飯、用意しとく。」
「ありがと。」
咄嗟についた嘘。
本当の事を言えるはずもない。
あたしは深く息を吐いて湯船から勢いよく出た。
「ねーちゃん、声どうしたの?」
「えっ……なんか、……風邪引いたみたい。」
そう、あたしの声はなぜか掠れている。
そして、首にはあの痕を隠すために大きめのスカーフ。
そして、頭は寝不足とその他考えないようにしてる事柄でメチャクチャ。
今日一日、仕事になるかな…………。
とにかく、今日の目標はただひとつ。
支社長には会わないように気を付ける!
まぁ、普段から会社で会うなんて滅多にないし、会ったとしてもこっちから見かけるぐらいだから、接触するなんて皆無。
だから、簡単にクリアできると思ってたのに…………。
現実はそう甘くなかった。

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