総務課の牧野さん 3

総務課の牧野さん

あれから3ヶ月。
無事にオフィスもそれなりに様になり、俺も支社長就任の挨拶回りやらで忙しい時期をやっとくぐり抜けて一息ついたところ。

その間、何度もあきらから帰国祝いと支社長就任祝いをやるから暇な日を教えろと連絡がきてたけど、それどころじゃなかった。
寝る暇もねーくらい忙しかったんだから、少しは休ませろっ。
そう言う俺に、
「仕事ばっかの人生じゃつまんねーだろ。
晴れて日本に戻ってきたんだから少しは羽を伸ばせよ。」
そう要らねぇお節介を焼きやがる。

どうせ、総二郎とつるんで女を紹介するつもりなんだろう。
NYにいるときから事あるごとに女の世話を焼きたがるこいつらに、いい加減にしろっと愚痴ったら、
「椿ねーちゃんがどうのこうの……」
って、姉貴の関与を疑わせるようなことを言ってやがったから裏で姉貴が心配して余計な手を回してんのは確実だ。

でも女は正直、今は必要ねぇ。
支社長に就任したばかりで女にうつつを抜かしてる場合でもねーし、欲しいと思えばいつでも手に入る。
適当に遊びたくなれば、それなりのバーにでも行って気に入った女に声をかければ済む話。
あきらたちに心配されるようなことはねーんだよ。

午後からの会議までの数分、俺は非常階段の扉を開けて、胸ポケットから取り出したタバコに火をつけた。
階段の手すりに寄りかかり、ボーっと空を見上げて煙を吐いたとき、どこかで聞いたことのある女の声が聞こえてきた。

「進?今日、遅くなる?」

チラッとその声の方を覗くと、3か月前にもそこで見たあの女の姿。
確か、総務課の…………ま……きの。

「ちょっと友達にごはん誘われちゃって遅くなりそうなの。
先に寝てて。
……うん…………うん、じゃあね。」

一度目は上司から言い寄られてるところを目撃して、二度目は彼氏との同棲ラブラブ会話を聞かされて。
顔に似合わずどんだけお盛んなんだよあの女は。

そんな会話を聞くと、俺も仕事も一息ついたし、午後からはこのあとの会議だけ、今日辺り飲みにでも行こうかとふと思い、俺は携帯を取り出してあきらにコールした。

久しぶりに入るその店はあきら行き付けのバー。
落ち着いた雰囲気とうまい酒を飲ませてくれる穴場的なそこに、今日は急遽あきらの声かけで集まった俺の悪友たちが揃っていた。

総二郎とあきら、そして類。
いつもならここに桜子と滋も加わってるはずなのに、今日はあいつらの姿はねえ。

久しぶりにF4で乾杯をかわし、半年ぶりぐらいにゆっくりと酒を飲んだ。
一時間ほど飲んで少し酔いが回ってきた頃、
「そういえば、あいつらおせーな。」
あきらが腕時計をみながら言う。

「電話してみるか?」

「誰か来んのかよ。」

「滋があとで合流するはずなんだけど何も言ってこねーな。さては合コン上手くいったのかもしれねーな。」

「合コン?」

「ああ。今日、あいつ合コン行ってんだよ、
どこかのイケメンエリート5人と合コンすることになったから友達誘って行くって張り切っててよ。どうせ上手くいかねーんだから、終わったらこっちに来いって伝えてあるから来るはずなんだけどな。」

「プっ…………あいつが合コンって。」

「あ、もしもし……?滋か?おまえ今どこにいんだよ。」
あきらが滋の携帯に連絡してるのを俺らは聞いていると、

「あのー、……はい、……あーそうですか、
今どこにいます?……そこなら知ってるし、俺らも近くにいるんで…………今からむかいます。」
そう言って苦い顔で携帯を切るあきら。

「どうした?」

「あのバカ。合コンした店で飲みすぎて酔いつぶれてるらしい。
滋の友達が介抱してくれてるけど、タクシーもこの時間だから捕まらなくて困ってる。
とりあえず、すぐそこだから俺らも移動しようぜ。」

歩いて7、8分。
夜風に当たって酔いを冷ますのにはいい散歩になった。
眠そうな類を逃げないように押さえつけて店を移動した俺らは、さっきよりもこじんまりとした隠れ屋的ワインバーに入った。

店内にはカウンターとテーブル席に合わせて20人くらいの客がいて、すべてが女。
俺らが入っていくと、一斉にこっちを見てソワソワし出す。

奥のテーブル席に二人女が座っていて、その一人がテーブルに突っ伏してる滋だ。

「どうも、さっき電話した者です。」
あきらが滋の隣に座る女に声をかけると、
ビクッと肩を揺らしたそいつが、立ち上がってペコリと頭を下げて言った。

「すみません。わざわざ来て頂いて。
帰ろうって言ってもまだ飲むってきかなくて。」
そう言って頭をあげた女の顔を見て、俺は眉間に皺がよる。

「おまえ……。」

「…………あっ、」

「ん、何々?知り合い?」
総二郎が目ざとく茶々を入れてくる。

「いや、……まぁな。
おまえ滋と知り合いなのかよ。」

「友達の友達で。」

「ふーん。」

そんな俺らが会話をしてる間も、あきらと類が滋を起こそうと体を揺らしたりしているが、一向に起きる気配もねえ。
そうこうしているうちに、店にいた何人かの女たちが俺らに寄ってきて、
「一緒に飲みませんか?」
「私たちのテーブルに来ませんか?」
と声をかけてくる。

そんな誘いには乗るはずもなくて…………
と思いきや、
いや、もうすっかりその気になってるあきらと総二郎は
「君たち可愛いね~いくつ?」
なんて言いながら肩まで組みやがって移動してやがる。

さっきまで滋の事を起こしてた類も、ちょっと目を離したすきに、滋の隣で目を閉じてやがる。
残されたこの女と一瞬目があったあと、
「あたし、これで帰ります。
滋さんの事、お願いします。」
そう言って逃げ出そうとしやがったから、

寸でのところで腕を捕まえて、言ってやる。
「ふざけんなっ。この状態でおまえだけ帰れると思ってんのかよ。
滋が起きるまで付き合え。」

「えっーー。」

「うるせー、いいから座れ。」

結局、滋と類が隣で眠るなか、俺とこいつは二杯目のワインに手をつけていた。

「あのー、これ飲んだら帰ってもいいですか?」

「滋が起きるまでダメだ。」

「起きないでしょっ!さっきから何回起こしてると思ってるんですか?あたし終電なくなっちゃう。」

「タクシーっつーもんがあるから心配するな。」

「いくらかかると思いますっ?電車の10倍、いやそれ以上ですよっ。
支社長みたいなボンボンには分からないでしょうけど、それだけあればランチ2回行けますからっ。」

たぶん相当酔ってきてるんだろう。テーブルに肘をついて、そこに頭を乗せながら話すこいつの頬はうっすら赤く染まっている。

「終電まであと9分。走ればなんとか間に合います。」
そう訴えてくるこいつのグラスに最高級のワインを注いでやると、
「鬼だ。ほんと鬼だ。」
そう言ってガブッと一口飲んだ。

たぶんこいつの限界酒量は2杯なんだろう。
明らかに3杯目から口調がゆっくりになってきて、目も赤い。
そろそろ開放してやるか。

そう思って車を呼ぶため携帯を出した俺に、
「早く帰りたいなぁ…………。」
と呟くこいつの声が聞こえた。
その言葉が何故だか無性に気に食わねぇ。

「彼氏が待ってるか?」

「……え?彼氏?」

「同棲してんだろ?」

「同棲?」

「別に隠さなくてもいーだろ。同棲してる男がいるのに合コンに来るってどんな神経してんだよ。内緒で来たから早く帰らねぇとバレるのが恐いか?」

「何言って……」

「見た目は大学出たてのガキみてーなのに、上司とも関係持ってたり、やることはやってんだなおまえ。人は見かけによらねぇってやつか。」

明らかに目の前のこいつの顔がこわばっていくのが分かる。

「トイレ行ってきます。」
そう呟いて席をたつこいつはまっすぐ歩くのがやっと。
店の奥に消えたあいつを見つめたまま、
俺は何がしたいんだよ……と頭をグシャグシャとかき混ぜた。

5分、10分…………。
あいつがトイレから戻って来ねぇ。
まさか、ぶっ倒れてんじゃねーだろうな。
そう思った俺は席を立ち、トイレまでの奥の廊下を突き進んでいくと、廊下の影にあるでかい観葉植物の向こう側に人の気配がする。

近付くと、
「いやっ、……やーめて……っ。」
明らかにあいつの声。

「おいっ、俺の女に何してんだよ。」
抑揚のない声で言ってやると、すぐに男が逃げていく。

「バカかおまえは。
誰にでもホイホイけつ振ってるからそうなるんだよ。ったく、遊ぶにしてももっといい男選べよ。行くぞっ。」

俺がそう言ってテーブルに戻ろうとしたとき、
後ろから膝の裏側に思いっきり衝撃が走った。

「いってぇーっ!」
うずくまる俺に、

「さっきからあたしのこと何だと思ってんのよ!ふざけんなっつーの!」
そう叫んで俺の横をズカズカ通り過ぎようとするこいつ。

俺はその腕を掴み、背中を壁に押さえつけてやる。
「ふざけてんのはどっちだよっ。
俺はおまえの上司だぞ。上司に蹴り入れてただで済むと思うなよ。」

「上等よっ。
そっちが酷いこと言ってきたんでしょ。」

「本当の事を言っただけだ。」

「うるさいっ、もう黙って!」

「図星だったから悔しくなっ…………」
悔しくなったか?そう聞こうとした俺の口は、
突然熱くて柔らかいもので包まれた。

それがこいつからの……キスだと気付いたのと同時にその柔らかさが離れていく。

そして、
「もう、黙って……。」
そう言って下を向いたこいつの耳が真っ赤に染まっていく。

肩においた手からこいつのかすかな震えと、体の熱が伝わってくる。
それが伝染するかのように俺の体を熱くさせ、
そのあとの衝動を抑えることが出来なかった。

下を向いたこいつの顔を強引に上に向かせ、
俺は食い付くようにキスをした。
逃げそうになるこいつの顔を両手で包み込み、長いキスをしたあと、

「出るぞ。」
そう言って強くこいつの手を握り、

店を出た。

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