NYから日本に戻ってきて今日で3日目。
来週からいよいよ、俺はここで支社長として動き出す。
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「牧野さん、この間のこと考えてくれた?」
「はい。お断り致します。」
「そう簡単に言わないでよ。俺も一応勇気振り絞って言ったんだからさ。」
「私の気持ちは変わりません。」
「由美のことなら俺がちゃんと話つけるから。」
「そういうことではなくて。」
「とにかく、明日もう一回話し合おう?
夜空けといて。美味しいお店連れてくから。」
「いえ、……」
「もしもし~はいお世話になってます。」
非常階段でタバコをふかしてる俺の耳に入ってきたのは、女にひつこく迫る男の声。
チラッとその声の方を覗くと、二つ下の階に2つの影。
女の話の途中で電話がかかってきたらしく男は軽く手を上げて非常階段から去っていった。
社内恋愛か…………。
それにしても完全に脈なしだな、あれは。
そう思いながら俺も非常階段のドアに手をかけたとき、いきなりでけー声が耳に飛び込んできた。
「ありえないーっつーの!
あんたみたいな男だれがすきになるかっ。
だいたい、人に告白する前に、付き合ってる女ときちんと別れてこいって話よっ。
あー、もうイライラするっ。
あんな上司と働かなくちゃいけないって地獄だぁーーっ!禿げろっ!ツルッツルに禿げろっ! 」
誰にも聞かれてねぇと思ってるのか、すげー悪態ついて、階段の手すりに蹴りまで入れてやがる女。あの男も男ならこの女も女だ。
そうとうイカれてる。
大丈夫かよ道明寺日本支社は。
俺は頭をふりながらオフィスに戻った。
俺は今年、四年間のNY生活を経て日本に帰国した。
ババァからビジネスのいろはを徹底的に叩き込まれた四年間だったが、その甲斐あってこの世界では一目おかれるだけの地位まで登り詰めた。
そしてやっと念願の日本支社を任されることになり、久々に日本の地を踏んだ。
ここがこれからの俺の新天地。
来週の正式な支社長就任に向けて、今日はオフィスの片付けやスケジュールの調整のために社に顔を出していた。
俺の秘書はNYから引き続き、この西田一人。
「支社長、デスクの配置はこのままでよろしいでしょうか。」
「ああ。…………おい、なんだよこれは。」
「どうかされましたか?」
「こんなデスクじゃ、仕事になんねぇ。
NYで使ってたものと同じの用意させろ。」
はじめて入った俺のオフィス。
デスクの配置はいいとしても、なんだよこの趣味のわりぃ安そうなデスクはっ。
「申し訳ありません。すぐに総務課に連絡して取り替えさせます。」
「西田、部屋の家具は全部取り替えさせろ。
デスクだけじゃなく、ソファも棚も時計に至るまで全部だ。
来週までに手配させろ。」
「了解しました。」
次の日、オフィスに顔を出した俺は、昨日と同様そこにある趣味のわりぃデスクを見てすぐに西田に確認をする。
「デスクの入れ替えはどうなった?」
「はい、昨日総務課に話しておきましたので今日中には入れ替え出来ると思います。
ただ、…………」
「なんだよ。」
「ソファと棚はこのままのものでと。」
「あ?ふざけんなっ。こんな趣味のわりぃ部屋で仕事が出来るかっ。」
「そうおっしゃいますが、このソファもあちらの棚もNYで使っていたものと同じブランドのものを用意させています。」
「気に食わねぇ。俺が気に食わねぇんだから、今すぐ変えさせろ。」
「……はい。承知しました。」
ビジネスの世界に入って4年。
多くの財界人のオフィスを見てきたが、部屋の雰囲気や使ってるデスクでそいつの仕事ぶりはほぼ分かる。
いくら自分の身なりに金を注ぎ込んでいても、オフィスはがらくたを集めたようなものを使ってるようなやつは、所詮うわべだけの軽いやつだと何度も思い知らされてきた。
逆に、会社はそれほど大きくなくても、社長のオフィスのその重厚な雰囲気と、長年愛着を持って愛されてきた家具たちに囲まれて仕事をするその姿を見ると、ひとつの製品を嘘偽りなく端正込めて作っているその仕事ぶりを表しているようで信頼感が生まれてくる。
男が働くオフィスとはそういうもんだと俺は思ってる。
それをくどくどと説明しなくても西田なら理解してるはずだ。
そう思った矢先、オフィスの電話がなる。
「はい。…………はい……そうですか。
では、すぐにこちらに運んでください。
それと、他の家具の件ですが、やはり入れ替えになりますので手配を。
…………そうですか。では、それを持ってきていただけますか。こちらで確認しますので。」
そう言って電話を切った西田は
「デスクが到着しましたので今すぐ運び込みます。」
そう言った。
作業着を着た作業員たち5、6人が新しいデスクを運びいれるためにオフィスをウロウロしてるのを横目に俺は気に食わねぇソファに座り、仕事の資料に目を通していた。
その時、西田が俺に声をかけてきた。
「支社長、こちら総務課の牧野さんです。」
俺の目の前に立ったのは、ちっせー体にでけー本を何冊も持った若い女だった。
一瞬、俺の顔をじっと見たあと、ペコリと頭だけ下げたこいつ。
見とれてんじゃねーよ。
他の女がするように、こいつも例外なく俺の顔に見とれていた。
「家具のカタログを持ってきて貰いましたので、牧野さんと相談して決めてください。
では、私はあちらにいますので何かあったら声かけてください。」
そう言って西田は作業員の方に行きやがった。
残されたのはこの使えそうもねぇ女と俺。
「NYのオフィスにある家具と同じものを用意しろ。」
目線も合わせずそう言ってやると、
「それは無理です。」
と即答しやがった。
「あ?なんでだよっ。」
「もう生産してないそうです。」
「なら、作らせろ。」
作ってないなら作らせろ。当然だ。
そう思った俺に、こいつはとんでもないことを言ってきた。
「予算的に無理です。」
「予算?」
「はい。支社長就任に向けて家具の入れ替えや内装の変更も出来るだけご希望どおりしてきましたが、生産をストップした商品を作らせるには引退した職人を呼び寄せて一から作らせなくてはいけないそうで、時間もお金もかかりすぎます。
予算外です。」
「予算なんて関係ねーっ。いくらかかっても構わねぇから、今すぐ取りかかれ。」
「無理です。
このカタログ内でしたらすぐに取り寄せ可能ですので、もう一度お考え下さい。」
俺の怒鳴り声にも一切怯まないこの女は、俺の手から仕事の書類を取り上げて、その手にカタログをのせやがった。
そして、
「あんまりわがまま言いますと、来週の仕事はじめの時に、このオフィスはデスクだけという状態になりますけど、いいんでしょうか。
たくさんの企業の方が挨拶におみえになると思いますが…………。」
そう言ってニコッと笑いやがる。
こいつ、俺を脅してるのか?
どう見ても俺より年下の女だし、もしかすると社会人2年目位の新人にしか見えねぇやつに、押され気味の俺。
「ふざけんなっ。」
「ふざけていません。
とにかく、総務課としては予算内に収まることと、すみやかに支社長に仕事をはじめていただくためにも、こちらのカタログからお好きなものを選んで頂くことが一番かと。
選んで頂ければ、私が責任を持って来週までに揃えます。」
そう言ってまた笑いやがった。
「…………その言葉、忘れるなよ。
俺が選んだものひとつでも届かなかったらお前はクビだからなっ。」
「はい。喜んで。」
不思議な女だ。
クビだと言われて、喜ぶやつがいるか。
でも、目の前の女は早速カタログを開き
「ゲッ、ソファに二百万って……。」
とか言いながら楽しそうに選んでやがる。
「支社長、素材は革ですか?それとも布地?」
「本革に決まってんだろ。」
「ですよね。個人的にはこの布地のソファが可愛いけど、これに支社長が座ってたら
…………笑えるな。」
最後の方は俺に聞こえないように言ったつもりらしいが、丸聞こえだ。
そこに、
「では、失礼しましたー!」
とデスクを運び入れた作業員たちが挨拶をしてオフィスを出ていく。
見ると、俺が指定した場所に指定したデスクが置いてある。
色、形、どれをとっても最高品だ。
そんなデスクを見て、それまでキャッキャとカタログに夢中だったこいつが、いきなり立ち上がり、デスクにゆっくりと近付いて行く。
俺も誘われるように後を追うと、
「わぁー、すごくステキ。」
そう呟く声が聞こえた。
「だろ。全然違うだろ?」
「はい。全然。」
コクンと頷きながら話すこいつがおかしくて、
「おまえのデスクもこれにするか?」
と言ってやる。
「えっ?」
驚いた顔で振り向いたこいつに、
「まぁ、約1000万だから、金があるなら入れ替えしてもいいぞ。」
そう真顔で言ってやると、
「1000万って。
ありえないっつーの!」
とこいつが呟いた。
どこかで聞いたそのせりふ。
そう、あの非常階段で叫んでた女とかぶる。
「牧野さん、もう決まりましたか?」
西田がこいつに声をかける。
牧野さん……。
確かそんな名前だったな。
こいつが、あのしつこい男に言い寄られてた女か。
人は見かけによらねぇ。
こんなガキみてーな女が、上司と社内恋愛かよ。
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コメント
総務課の牧野さん
大好きなお話のひとつです。
何回読んでも楽しくて
うれしいです。
こんにちは〜。コメントありがとうございます!
総務課の牧野さん、お引越ししてきました。
どうぞ楽しんでくださいね。
こんばんは(#^.^#)
今回のお話も最初から楽しい(^^♪
今後が凄く楽しみです。
ありがとうございます!
長編になりますが、どうぞお付き合いお願いしまーす♡
こんにちは。
どのお話も大好きで、これまで何度も読み返してますが、中でもこのお話が一番好きです!
運命的な巡り合わせって、きゅんきゅんしますね!!
これからも素敵なお話を楽しみにしています(^^)
わぁ、嬉しいです!
どうぞ、キュンキュンしていってくださいね〜。