病院の1階にあるフリースペース横の自動販売機。
小銭を入れて、お茶のペットボトルに手を伸ばしたその時、
「牧野さん。」
と、後ろから突然呼ばれ、咄嗟にその横のオレンジジュースを押してしまった。
「あっ…!」
ガタンとジュースが落ちる音を聞きながら振り向くと、
そこには道明寺のお母さんの姿。
「牧野さん。」
「はいっ。」
「少し話せるかしら。」
「……はい。」
道明寺以上にオーラを放つこの人に、あたしは何を言われるのだろう。
きっと、決まっている。
慌ててオレンジジュースを販売機から取り上げ、道明寺のお母さんのあとをついていった。
ひとけのないベンチに二人で腰を下ろす。
緊張してまともに顔が見られない。
「いつ北海道に?」
「昨日です。」
「司が来てほしいって?」
「……いえ、あたしが行くって言いました。」
余計なことをするな……と叱られるだろうか。
でも、どうせあたしの事を快く思っていないなら、正直にぶつかって、とことん嫌われてもいい。
そう思い、真っ直ぐに目を見つめて答えるあたしに、お母さんは少し砕けたような口調で言った。
「昔からああなのよ。」
「え?」
「昔からあの子は寒い場所が苦手でね。カナダに旅行に行った時も着いてすぐに熱を出したわ。」
「……そうなんですか。」
「そして熱を出すと手がつけられなくなるのよね。あれが欲しい、あれが食べたい、あのおもちゃを買ってこい、本を全巻持ってこいって。
よくタマが愚痴をこぼしながら付き合ってたわ。」
熱を出して、わがまま度が増す道明寺がなんだか可愛くて笑ってしまう。
「でも、今思えば、あの子は寂しかったのよね。」
「え?」
「そうやってわがままを言えば、誰かが側にいてくれるって思ってたのかしら。
素直に寂しいって言えばいいのに、それを言わせなかったのは、いつも忙しく飛び回っていた私のせいね。」
「そんな……。」
「牧野さん。今回、あなたがいてくれて感謝しているわ。」
「……はい。」
「大人になったあの子が、素直に寂しいと言える相手がいて良かった。
わがままは相変わらずのようだけど……。
あ、これ、使ってちょうだい。」
お母さんがそう言って、あたしに紙袋を渡す。
「えっ…」
「マフラーよ。
北海道の寒さはまだまだこれからが本番。
あなたが倒れたら困るわ。」
そう言うと、お母さんは立ち上がり
「さぁ、バカ息子の顔も見たことだし、仕事しに東京に戻らなくちゃ。」
と、スタスタとあるき出す。
その後ろ姿を呆気にとられて見つめたあと、慌ててあたしは立ち上がり、
「ありがとうございますっ!
大切に使います!」
と、叫んだ。
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病室に戻ると、お母さんとタマさんはもう帰り支度をしている所だった。
「タマ、せっかく北海道に来たからイクラ丼でも食べて帰ります?」
「ええ。いいですね。」
「じゃあ、帰りましょ。」
「はいはい。
では、坊っちゃんお大事に。あんまりつくしを困らせないでくださいね。」
「うるせぇ、分かってる。」
バタバタと病室を出ていく二人をあたしは廊下まで見送ると、
「あなたもあの子にイクラ丼ご馳走してもらいなさい。」
と、一言言ってエレベーターに消えていくお母さん。
姿が見えなくなると一気に肩の力が抜ける。
トボトボと病室に戻ると、
個室の扉を開けた途端、道明寺の腕の中に包まれる。
「大丈夫か?」
「ん?」
「ババァに泣かされてねーか?」
この人は母親のことをどう勘違いしているのだろう。
「そんなわけないでしょ。
優しかったよ。」
「そんなわけねーだろ。」
お互い言い合ってクスッと笑う。
「道明寺、東京に戻るね。
そして、また来るから。」
「…ああ。寂しいけど、それまで病院でおとなしくしてる。」
お母さんと話したあとだから、
道明寺の「寂しい」が愛しく聞こえる。
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