有りか無しか 27

有りか無しか

病院の1階にあるフリースペース横の自動販売機。
小銭を入れて、お茶のペットボトルに手を伸ばしたその時、

「牧野さん。」
と、後ろから突然呼ばれ、咄嗟にその横のオレンジジュースを押してしまった。

「あっ…!」
ガタンとジュースが落ちる音を聞きながら振り向くと、

そこには道明寺のお母さんの姿。

「牧野さん。」

「はいっ。」

「少し話せるかしら。」

「……はい。」

道明寺以上にオーラを放つこの人に、あたしは何を言われるのだろう。
きっと、決まっている。

慌ててオレンジジュースを販売機から取り上げ、道明寺のお母さんのあとをついていった。

ひとけのないベンチに二人で腰を下ろす。
緊張してまともに顔が見られない。

「いつ北海道に?」

「昨日です。」

「司が来てほしいって?」

「……いえ、あたしが行くって言いました。」

余計なことをするな……と叱られるだろうか。
でも、どうせあたしの事を快く思っていないなら、正直にぶつかって、とことん嫌われてもいい。

そう思い、真っ直ぐに目を見つめて答えるあたしに、お母さんは少し砕けたような口調で言った。

「昔からああなのよ。」

「え?」

「昔からあの子は寒い場所が苦手でね。カナダに旅行に行った時も着いてすぐに熱を出したわ。」

「……そうなんですか。」

「そして熱を出すと手がつけられなくなるのよね。あれが欲しい、あれが食べたい、あのおもちゃを買ってこい、本を全巻持ってこいって。
よくタマが愚痴をこぼしながら付き合ってたわ。」

熱を出して、わがまま度が増す道明寺がなんだか可愛くて笑ってしまう。

「でも、今思えば、あの子は寂しかったのよね。」

「え?」

「そうやってわがままを言えば、誰かが側にいてくれるって思ってたのかしら。
素直に寂しいって言えばいいのに、それを言わせなかったのは、いつも忙しく飛び回っていた私のせいね。」

「そんな……。」

「牧野さん。今回、あなたがいてくれて感謝しているわ。」

「……はい。」

「大人になったあの子が、素直に寂しいと言える相手がいて良かった。
わがままは相変わらずのようだけど……。
あ、これ、使ってちょうだい。」

お母さんがそう言って、あたしに紙袋を渡す。

「えっ…」

「マフラーよ。
北海道の寒さはまだまだこれからが本番。
あなたが倒れたら困るわ。」

そう言うと、お母さんは立ち上がり
「さぁ、バカ息子の顔も見たことだし、仕事しに東京に戻らなくちゃ。」
と、スタスタとあるき出す。

その後ろ姿を呆気にとられて見つめたあと、慌ててあたしは立ち上がり、
「ありがとうございますっ!
大切に使います!」
と、叫んだ。




病室に戻ると、お母さんとタマさんはもう帰り支度をしている所だった。

「タマ、せっかく北海道に来たからイクラ丼でも食べて帰ります?」

「ええ。いいですね。」

「じゃあ、帰りましょ。」

「はいはい。
では、坊っちゃんお大事に。あんまりつくしを困らせないでくださいね。」

「うるせぇ、分かってる。」

バタバタと病室を出ていく二人をあたしは廊下まで見送ると、
「あなたもあの子にイクラ丼ご馳走してもらいなさい。」
と、一言言ってエレベーターに消えていくお母さん。

姿が見えなくなると一気に肩の力が抜ける。
トボトボと病室に戻ると、
個室の扉を開けた途端、道明寺の腕の中に包まれる。

「大丈夫か?」

「ん?」

「ババァに泣かされてねーか?」

この人は母親のことをどう勘違いしているのだろう。

「そんなわけないでしょ。
優しかったよ。」

「そんなわけねーだろ。」

お互い言い合ってクスッと笑う。

「道明寺、東京に戻るね。
そして、また来るから。」

「…ああ。寂しいけど、それまで病院でおとなしくしてる。」

お母さんと話したあとだから、
道明寺の「寂しい」が愛しく聞こえる。

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