滋さんから話しを聞いて1ヶ月がたつ。
その間、道明寺は2回会いに来た。
けれど、北海道へ行った本当の理由も、マンションで一人で暮らしている事も、何も語らない。
何事もなかったように、今までと同じくあたしに接してくる。
辛くない?もしかしてあたしのせい?
思わず口から漏れそうになる言葉を何度も飲み込む。
そして、今日、またふらりと工房へ道明寺がやってきた。
「よぉ。」
「っ!どうしたの?」
いつもなら事前に来ると連絡してから顔を出すのに、今日は突然だったから驚く。
「こっちで急に用事ができたから帰ってきた。
その前に少し時間あるからおまえの顔見てから行こうと思ってよ。」
ガラス張りのフラワーケースをゆっくり眺めながらそう言う。
そんな道明寺の後ろ姿を見ると、髪はいつもよりも伸び、セーターを着ている背中がほんの少し痩せたように感じる。
「…道明寺。」
思わずそう呼ぶあたしに、
「ん?」
と、道明寺が振り向く。
「ちゃんと、」
あたしがそこまで言ったとき、
工房の扉が開く音がした。
ご予約のお客様だ。
4時から花束を取りに来る予定になっていた。
「いらっしゃいませ。」
「こんにちは。」
「こちらへどうぞ。」
作っておいた花束をフラワーケースから取り出し、お客様へ対応をするあたしを見ていた道明寺は、
そのままゆっくりと工房の扉へ向かった。
そして、一度だけ振り向いてあたしの方を見たあと、片手を上げ「じゃあな。」と口だけ動かし出ていく。
また近いうちに来るのだろう。
もしかしたら、夜にでも電話してくるかもしれない。
でも、
でも、
なぜかソワソワと落ち着かなくて胸が苦しいのはなぜだろう。
お客様が花束を持ち帰ったあと、あたしは急いでエプロンを脱ぎすてると、工房を飛び出した。
多分、道明寺はまだ遠くには行っていないはず。
大きい通りまで出ると、車に乗ってしまうかもしれない。けど、まだ走れば間に合う。
工房から大通りまで全速力で走る。
パンプスが脱げそうになりながらも、道明寺の姿を懸命に探しながら走ると、大きな通りとの交差点でタクシーに乗り込もうとしている道明寺を見つけた。
「道明寺っ!」
迷わず叫ぶ。
そんなあたしの声が届いて、道明寺が驚いたようにこっちを見たあと、タクシーの扉を閉めこちらへ走ってくる。
「牧野っ、どーした。」
「…はぁ、…はぁ、…良かった間に合って。」
久しぶりに走ったから、息が上がってうまく喋れない。
そんなあたしを、道明寺はビルの横の道の端まで連れていき、顔を覗き込む。
「おまえ、どーした?」
「…道明寺が、はぁ……、道明寺が、」
「俺が?」
ようやく息が落ち着いたあたしが言う。
「あんた、少し痩せた?」
突然そんな事を言われた道明寺は、一瞬ポカンとした顔で黙ったあと、凄い楽しそうに笑い出す。
「おまえ、必死で追いかけてきて、要件はそれかよ。」
「え、だって、」
「他には用はねーの?」
「……ないけど。」
バカかと怒られるのかと思ったあたしは、次の道明寺の行動に目を剥く。
楽しそうに笑ったまま、なぜかあたしをギューッと抱きしめたのだ。
しかも、こんな街中で。
「どっ、道明寺っ!」
「うるせぇ。」
「ちょっと、バカッ!何してるのよ離せー。」
「ヤダ。おまえがおとなしくするなら離してやる。」
こういう時の道明寺は、あたしが何を言っても離してくれないのはわかっている。
「……。」
仕方なくおとなしく黙るしかないあたしの耳元に、道明寺の唇が近付き、そこから甘い声が響く。
「牧野。食いてぇ。」
「はぁ?お腹空いてるの?」
「ちげぇよ。」
「ん?」
「おまえを食いてぇ。」
想像の斜め上を行く道明寺の発言に、一瞬で耳まで真っ赤になりながらも、あたしは拘束されたまま足蹴りを食らわせる。
「痛ぇっ、相変わらず凶暴だなおまえは。」
「あんたは相変わらず変態でしょっ。」
「クッ……。」
吹き出すように笑ったあと、道明寺が言う。
「牧野、あんま可愛い事すんな。」
「はぁ?」
「好きな女に必死で追いかけて来られたら、堪まんねぇだろ。」
道明寺という人は、いつもこういう台詞を口にする。好きだとか、大事だとかストレートに言われるよりもずっと、こういうのがドキドキするというあたしの性質をこの人は見抜いているのだろうか。
「そろそろ離してよ。」
それでも、相変わらずこんな返事しか出来ないあたしは可愛くない。
全然緩めてくれない腕の中で、ジタバタと動き出すあたしの頭をゆっくりと撫でながら道明寺が言った。
「ちゃんとおまえと付き合いたい。」
「……。」
「いつまでも待つ。おまえがうんって言うまで待つ。だから、もう一度きちんと考えてくれ。」
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