「バカにしてる……。あいつ、完全にあたしの事バカにしてるっ。」
昨夜の事を思い出し、工房で一人悪態をつくあたし。
「結婚しようぜ、俺たち。」
バカみたいに緊張した顔でそう言った道明寺に、
「ありえないっつーの。」
と、あたしは呟いて部屋にかけ戻った。
婚約をすっぽかされて自暴自棄にでもなったのか。
つい2ヶ月前まで『おまえとの結婚は考えていない』と言っていたはずなのに、どこをどう血迷ってあの発言なのだろう。
あたし、相当軽い女だと思われてるのかな。
ビジネス結婚がうまく行かなかったから、元カノでもいいか、くらいにしか思ってないバカ男。
こっちは、完全に吹っ切れて思い出も処分したんだから、今更、『嬉しい』という感情はさらさら無い。
「今度あたしの前に現れたら、思いっきり殴ってやる。」
もう一度そう悪態をついて唇を引き締めた。
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夕方、会議が終わってオフィスに戻ると、何やら中から騒がしい声がする。
こういうときは決まってコイツら。
「おう、司、おつかれ〜〜。」
「勝手に入ってたぞー。」
オフィスのソファに深く腰掛けて完全に寛ぎモードのお祭りコンビ。
「おまえら仕事しろっ。」
俺はそう言ってデスクに戻ろうとすると、あきらがソファから立ち上がり、俺の肩を強引に掴みソファまで引きずり込む。
「司、おまえは少し安め。」
「うるせぇ、」
「失恋の痛みを俺たちが癒やしてやる。」
婚約すっぽかし事件以来、コイツらと会うのは初めてだ。
完全に俺をおちょくってやがる二人。
でも、こいつらなりの心配の仕方だっつーこともわかってる。
「女は捕まったのか?」
「いや、まだドバイにいるらしい。」
「例の男と一緒か?」
「ああ、たぶんな。」
そう話している時、西田が渋い顔でオフィスに入ってきた。
お祭りコンビに軽く頭を下げたあと、俺にA4サイズの一枚の封筒を渡す。
西田の表情から、何か問題があったのは見て取れるが、思い当たるフシがない。
封筒を開けて、中から紙を取り出して、それにさっと目を通した俺は、思わず呟いていた。
「そうきたか……。」
ただ事じゃない俺の態度に、隣に座るあきらもその紙を横からちらっと見る。
「司、…マジかよ。」
総二郎も慌てて俺の方へ近付いてくる。
そして紙を見たあと
「どうなってる?司。」
怒ったように言った。
その紙には、『異動』と『降格』の文字。
俺に対して、専務から平社員への降格と、今建設中の北海道のリゾートホテルへの異動が内示された。
「司っ、これはどういう事だよ。」
「親父が決めたことだ。」
「まさか、婚約破棄の責任をおまえが取るのか?」
「いや、それとは別だ。」
焦るお祭りコンビに対して、俺は意外と冷静だ。
親父と二人で話したあの日、最後に親父が言った。
「楓に認めてもらいたければ、このままぬるま湯に使って仕事してても駄目だろ。一から叩き上げて苦労してみろ。」
その結果がこれっつー訳か。
「しゃーねーな。」
「司、親父さんをマジで怒らせたのかよ。」
「いや、これが新しい取引っつー事だ。」
納得する俺に、あきらが言う。
「もしかして、牧野が関係してるのか?
おまえが取引するって言う事は、あいつの事だろ。」
「…ああ。」
「牧野とやり直すのか?」
「俺はそうしたい。だから、親父にはホテルの権利も生前贈与もいらねぇって言った。そしたら、一から修行してこいって言われてその結果がこれだ。」
思わず笑う俺に、お祭りコンビは顔を見合わせて困惑してる。
「おふくろさんは?楓さんは何て言ってる?」
「ババァからは何も言って来てねぇ。親父から話は伝わってるはずだから、もしかしたらこの内示を進めたのはババァかもな。俺を牧野から引き剥がして、遠くに追いやるつもりだろ。」
「それはあるな。どうせなら牧野も一緒に北海道に連れてくか?」
総二郎がニヤリと笑いながら言う。
けど、俺は昨夜のあいつの顔を思い出しながら頭を抱える。
「……顔も見たくねぇって追い返された。」
「あ?」
「マジかよ。」
「俺との思い出は全部捨てたってよ。」
「ブッ……、最強すぎだろ牧野。」
牧野が俺を憎むのは痛いほど分かる。
けど、実際思い出も捨てて吹っ切ったと言われたらマジで凹む。
なぜなら、俺はあいつとの思い出は一つ残らず大切に保管してるから。
「しばらく会えそうにねーな司。
北海道で頑張れよ。」
「毎週、こっちに戻ってきてやるよ。」
「いらねぇ、仕事に没頭してろ。」
「ちげーよ。おまえらに会うためじゃねぇ。牧野に会うために毎週戻ってくる。」
そう言って立ち上がり、デスクに向かう俺に、
「ホームシックにかかるなよ。」
と、楽しそうな二人の声が響いた。
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