親父とこうして二人で歩くのは何年ぶりだろう。
「男同士で話そう。」
と誘われ、邸の庭を並んで歩く。
「司。」
「はい。」
「道明寺を捨てられるか?」
こうして聞かれる事は覚悟していたけれど、まさか一言目に言われるとは思っていなかった。
「……いいえ。」
「道明寺を捨てて駆け落ちする程の女性ではないって事だな。」
「いいえ。
いつでもあいつと二人で逃げる覚悟は出来ていました。
でも、……」
「でも?」
「俺には道明寺を捨てられません。」
俺は生まれたときから道明寺司なのだ。
道明寺家を継ぐためにありとあらゆる努力をしてきたつもりだ。
そして後継者として会社に入ってからは、俺だけじゃなく道明寺財閥で働く何万人という社員の生活を支える義務を背負ってきた。
だから、簡単に捨てられない。
逃げることは許されない。
「じゃあ、どちらを諦めるか答えは出ているな。」
「はい。
……そのはずでした。
けど、どうしても耐えられそうになくて…。」
親父に弱音を吐くのは初めてだ。
「一緒にいられなくても、遠くからあいつを支えるだけでいいと思ってたのに、実際はそんなに簡単じゃなくて、……辛くて堪んねぇ。」
思わず座り込む俺の前には、庭の噴水の水が勢いよく立ち上がる。
「ホテル部門の譲渡と生前贈与は彼女のためか?」
「…はい。」
「馬鹿なやり方だな。」
そう呟いた親父が俺の隣に座る。
「女一人幸せに出来ないのかおまえは。」
俺の頭をガシガシとかき混ぜながらそう言う親父は、仕事の上司ではなく父親としての顔に戻っている。
「親父に言われたくねぇ。」
「クッ…、俺には言う権利がないってことか?」
「ああ。ババァを見てれば分かるだろ。
おふくろを化け物にしたのは親父だ。」
あんな風に仕事だけに生きる女にしたのは親父の責任でもある。
「俺は、牧野をあんな風にさせたくねぇ。
道明寺に入ると言うことは、あいつから仕事を奪って、道明寺のためだけに生きるっつーことだろ。
そんな残酷な事、絶対させねぇ。」
「おまえの『愛してる』っていう言葉はそんな程度か。」
「愛してるからこそ、俺の側にいちゃいけねぇと思った。
けど、…もうそんなカッコつけた事言ってらんねーくらい、あいつと…いたい。
だから、財産はいらねぇ。死ぬまで道明寺でこき使われながら働く。その代わり、結婚は牧野としたい。」
結局、俺の希望はただ一つ。
あいつと一緒にいることだけだ。
「生意気な事言いやがって。」
そう言って親父が立ち上がる。
反対されるのは覚悟の上だ。
そう身構えた俺に、親父が意外な一言を放った。
「楓は昔から何も変わってないよ。」
「あ?」
「俺が楓を変えたって?道明寺が楓を化け物にしたって?
クッ……あいつがそれを聞いたら怒るぞ。
楓は、昔からああいう女だ。
おまえには化け物にうつるかもしれないけど、俺には、幸運の女神に見えてる。」
「幸運の女神?ババァが?」
「あいつがいればどんな仕事も怖くない。一緒に戦ってくれる幸運の女神だ。」
「プッ…マジかよ、ありえねぇ。」
「それに、ちゃんと愛してるぞ。」
「あ゛?」
親父の口から愛してるなんて聞いたこともねぇし、親父とババァがそういう関係だとは思っていなかった。
「ちゃんと愛しあって結婚したんだよ俺たちだって。
周りはビジネスだって言うかもしれないけど、俺はそう思っていない。
楓は昔から強い女だったし、俺はそんな楓が好きで、俺の意思で選んだ。そう思ってる。」
政略結婚だと思っていた両親に、まさかそんな想いがあったなんて。
「司。」
「ん?」
「おまえに『愛してる』なんて言わせる女性が現れるとはな。
一緒にいたいならいればいい。
その代わり、化け物に変わったなんて言われないように、きちんとおまえが幸せにしてやれ。」

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