邸は朝から重苦しい雰囲気に包まれている。
その原因は、まさしくこのババァ。
「とにかくっ、見つけ次第私の前に連れてきて頂戴っ!」
電話に向かって怒鳴ったあと、深くため息をつくババァに、メイドたちは怯えている。
婚約をすっぽかし逃走したあの女は、ドバイにいる事は分かったが連絡がつかない状態で、ババァの怒りは最高潮に達していた。
「あなたって人は呑気ねっ!こんな酷い裏切りをされたっていうのに、今頃優雅に朝食なんて。」
10時過ぎに起きてきた俺に八つ当たりするババァ。
「騒いだって仕方ねーだろ。」
「黙ってるわけにはいかないわっ。」
「やめてくれよ。ババァが騒げば騒ぐほど、俺はいい笑いもんだ。」
「……。」
もう、じわじわと噂は流れている。
あきらや総二郎からもメールが来てるということは、俺の「婚約者に逃げられた」騒動は広まっているはずだ。
「これで懲りただろ?ビジネス目的で俺の結婚を利用しようとするからこういう事になるんだよっ。」
「それはあなただって同じでしょ。
結婚と引き換えに、メープルの権利や財産分与まで提示してきたじゃない。」
「ああ、それが一番いい選択だと思ったからな。けど、それは間違えだって気付いた。」
「間違い?」
「好きな女がいる。」
突然そう言い放つ俺に、ババァは少しだけ眉を寄せて黙る。
「正確に言うと、7年前からずっと一人の女を愛してる。」
「何言ってるのあなたは。
昨日まで、結婚話を進めていた人が。」
「ああ。さっきも言ったが、それがあいつにとって一番いい選択だと思ったから。
どうせ結婚を反対されてあいつを悲しませて別れるくらいなら、別の方法で幸せにしてやりたかった。」
「どういう…事?」
親の決めたレールから外れる事は俺にとって無理な事だと諦めていた。
なぜなら、生まれたときから道明寺財閥の後継者として育てられたから。
だから、せめて一緒になれないなら、俺のやり方で幸せにしてやりたい。
そう決めたから、政略結婚を受け入れ、メープルの権利や財産を貰うよう親父と取引をした。
「今回の婚約破棄は俺に非はねーだろ。
俺は一応、親の決めた相手と結婚するっていう、親父との約束は守ったからな。
それを破棄してきたのは相手だから、俺に文句は言わせねぇ。
そして、ここからは、もう一つ取引をしたい。」
「取引?何かしら。」
「結婚でこれだけ赤っ恥をかかせられたんだ、一生の汚点だろ。
だから、俺の好きにさせて貰いたい。
メープルの権利も生前贈与もいらねぇ。その代わり、政略結婚はもうしない。好きな女といさせてくれ。」
目の前のババァの顔がみるみる曇る。
すると、その時、俺の後ろからバカでかい笑い声が聞こえてきた。
「親父っ」
振り返ると、親父が腕を組んでそこに立っている。
「司、ちょっと来い。」
「……。」
「久しぶりに男同士で話そう。」

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