有りか無しか 10

有りか無しか

道明寺があたしの工房に来てから2週間がたった。
今日はメープルホテルで結婚式のフラワーアレンジメントの打ち合わせがある。

道明寺と付き合っている時から、メープルホテルは道明寺財閥の関係グループなので立ち入り辛かったけれど、別れた今は尚更だ。

でも、道明寺はいつも言っていた。
『メープルで仕事が出来てるのはおまえの実力だ。堂々としてろ。』

その言葉がどれほどあたしの励みになっていたか。
それに、メープルのような一流のウェデイング場で仕事が出来る経験は他では得られない。
いつかはフリーで仕事をしたいと思っているあたしにとって、一つ一つが貴重な時間なのだ。

打ち合わせの時間に合わせてウェデイングルームへ行くと、3組のカップルがスタッフと話をしていた。

そのうちの一組と、今日はブーケの打ち合わせと会場の飾り付けについて話す予定になっている。

時計を見ると、打ち合わせ時間の20分前。
少し早く着いちゃったな。
リニューアルされたチャペルでも下見に行っておこうか……そう思い、あたしは部屋を出てチャペルがある東館へと向かった。

メープルホテルのチャペルは天井一面に貼られたステンドガラスと、パイプオルガンの重厚な音色が見事で、雑誌などで取り上げられる人気チャペルのいつも上位をしめている。

でも、ここで式をあげれる人はほんの一握りの人だろう。
他のチャペルと比べても3倍の金額はする。
あたしには夢のまた夢。

チャペルに近付くと、中からスタッフの丁寧な話し声が聞こえてきた。
きっとカップルが下見に来ているのだろう。
ここで式をあげれる幸せなカップルはどんな人だろうか…。

そう思いながら、開けっ放しになっている入り口から中を覗くと、
あたしの視線の先には、パイプオルガンを熱心に見つめる

道明寺の姿が。
その側には、結婚相手である女性。

幸せなカップル……、
それは、道明寺だったんだ。

「本当に結婚しちゃうんだね、道明寺。」

思わずそう小さく呟くあたしの目から涙がこぼれ落ちる。
7年、一緒に過ごした時間。
あたしを支え続けてくれた存在。

3日後には婚約する目の前の二人。
婚約したら、もう今までみたいに気軽に話せる相手ではなくなる。

抑えていたものが溢れ出して、涙が次々と頰をつたう。
時計を見ると打ち合わせの5分前。

戻らなきゃ。
現実に戻らなきゃ。

あたしは急いで涙を拭い、チャペルを後にして本館へと戻る廊下に出た。

その時、
「牧野っ」
と、後ろから呼び止める声がした。

振り向かなくてもその声が誰かはわかる。
だからこそ、あたしは振り向かずに、その場を後にした。




仕事が終わり、マンションに戻ったのは9時すぎ。
鞄をソファに置くと、あたしもそこに座りただ黙ってテレビを見つめていた。

どれくらいそうしていただろうか。
ピンポーンと呼び鈴がして、マンションの扉を小さく叩く音。

こんな時間に誰だろう。
ソファから立ち上がると同時に、
「牧野。」
と、扉の向こうから声がした。

慌てて玄関まで行き、
「道明寺?」
と、声をかけると

「開けてくれ。」
と、少しかすれた声。

あたしは扉を開けて、
「酔ってるの?」
と聞く。

「ああ。」

いつもより少しだけかすれた声は、道明寺が酔ったときの私だけがわかる変化。
お酒に強い道明寺は、見た目では何も変わらない。

「どうしたの?」

「……」

「道明寺?」

「泣くなって。」

「え?」

「今日、おまえ泣いてただろ。
もう泣くな。おまえに泣かれると……、」

「道明寺?」

「おまえに泣かれると、抑えらんねーから。」

あ、まただ。
また、こんな辛そうな顔。
工房に来たときに見せた辛そうな表情と一緒。

「道明寺、大丈夫?」

「大丈夫じゃねーよ。」

「どうしたら…」

いい?そう聞こうとしたあたしに、
道明寺は真剣な顔で言った。

「牧野、今から俺、すげぇ悪い事する。
しちゃいけねーのは分かってる。
けど、……許してくれ。」

道明寺はそう言うと、
あたしを引き寄せて唇を重ねた。

何度も角度を変えて味わうかのようなキス。
きっとこれがあたしたちの最後。
だって、この人は3日後には他の人のものだから。

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