有りか無しか 9

有りか無しか

「道明寺?なんでここにいるの?」

眠そうに目を擦りながらそう言う牧野は、華奢な肩からキャミソールの紐が落ちかけている。

俺は、ベッド下に落ちているパーカーを拾い上げると、無言でこいつの肩にかけてやりながら、

「どういう事か説明しろ。」
と、類に言った。

「ん?」

「類、テメーなんでここにいる?」

「なんでって、牧野と一夜を共にしたから?」

そう平気で言いながら、ハンガーに掛けられていたシャツを着る類。

「それより、司はなんでここにいるの?」

「それは、……」

「牧野、俺帰るね。
司はどうする?」

どうするって、聞きたいことは何も聞けていない。
牧野の方に視線を移すと、ベッドから立ち上がった牧野は、俺と類の方へドカドカと近付き、

「あたしも仕事だから、二人とも早く帰るっ。」
と、俺たちを玄関へと追い払いやがる。

あっという間に外に放り出された俺たち。
まだモヤモヤしてる俺を尻目に、類はスタスタと駐車場へと歩いていく。

「類っ。」

「んー?」

「牧野と、……何かあったのか?」

「何かって?」

「だからっ、その、ね、ね、寝たのか?」

まさか有り得ねぇ…とは信じているけれど、
この二人には過去にすれ違いとはいえ想い合っていた時期もある。

「気になる?」

「ああ。」

類の真正面に立ち、迷いなくそう答えると、
フッ…と小さく笑ったあと、類が言った。

「ああ、寝たよ。」



あたしが勤めるフラワーショップの裏に、小さな工房がある。
オーナーが若い頃使っていたそこは、今はあたしのアトリエとして使わせて貰っている。

フラワーアレンジメントの依頼がくると、そこで色合いを考えたり、ブーケを制作したり。
いつかはあたしも自分の力でこんな工房を持ちたい。

今日も、週末の結婚式に向けてブーケ作りをしていると、工房の扉が開き長身のシルエットが現れた。

「おう。」

「暇なの?」

早朝にはあたしのマンションに来て、昼には工房にまで押しかけるこの人は、どういうつもりなんだろう。

「何か用?」

あたしのその問いにも答えずに、作業台にしている長テーブルに腰を下ろした。

作業をやめないあたしをじっと見つめる道明寺。

「なに?」

「おまえさ、……、」

「なによ。」

「類と、寝たのか?」

突拍子もない事をいきなり聞き出すバカ。
花沢類に何か吹き込まれたのだろうか。
だとしても、そんな事を確かめにわざわざ来るなんて。

「寝たって言ったら?」

「信じねぇ。」

「じゃあ、何が聞きたいの?」

「昨夜、何があったか教えろ。」

怒っているような、悲しいような、そんな目で聞くのは…ずるい。

「……、ただ呑んでただけ。
酔ってそのまま泊まっていったの。」

「あいつが脱いでたのは?」

「ワインをこぼして、シャツを洗っているうちに花沢類が寝ちゃった。」

そこまで話すと、道明寺は片手でこめかみを抑えながら俯く。

「類のヤロー、ぶっ殺す。」

「フッ…なによそれ。」

「おまえと寝たって言いやがった。」

「信じたの?」

「信じねーよっ。
けど、……あいつはおまえが好きだから。」

2回目の突拍子もない発言。
花沢類とあたしはそんな雰囲気の欠片もないのに。

「んなわけないでしょ。」

「油断すんじゃねーよ。」

「あたしと花沢類は友達なの。それ以上でもそれ以下でもないの。」

「おまえはな。でも、男は違う。
おまえは……いい女だから。」

急に真面目な顔でいい女なんて言われると、調子が狂う。
だから、少しだけ意地悪をして言ってやる。

「7年も付き合ってた彼氏に結婚を断られた女なのに?」

冗談で言ったつもりだった。
別に当てつけしてやろうなんて気は無かった。

それなのに、
そう言ったあたしに、辛そうに顔を歪めた道明寺は、
「どうしようもねぇバカだな。」
と、呟いた。

それはあたし?それとも道明寺?

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