有りか無しか 6

有りか無しか

婚約が正式に決まった。
相手は○○商事の娘。
政界にも強いパイプを持っている父親と、有名な私立大学の理事長という母親の元育った女は、
自分で言うのもなんたが、俺に対張るくらい傲慢な性格だ。

もちろん下調べはしている。
西田に頼んで調べさせた所、女には2年ほど付き合っている男がいた。
ファッション誌のカメラマンをしているその男とは、週に1〜2度ホテルでの密会を重ねている。

俺にとってはその方が好都合だ。
ビジネス上の結婚であって、それ以上を過剰に求められても鬱陶しい。

好きな男がいるのに俺との結婚を進めるということは、女にもそれなりの事情があるんだろう。

「新居は私が決めてもいいかしら。」

「ああ、好きにしてくれ。」

「低いところは息が詰まるのよ。
高層マンションの最上階を探すわ。」

「ああ。」

適当に答えた俺は、ふとある事を思い出す。
5年ほど前、牧野が会社の近くに引っ越すと言い出して、物件を見て回った事があった。

セキュリティーがしっかりしていて、できるだけ立地のいい高層階にしろという俺に、あいつは言った。

「高すぎたら目眩がする。
それに、ゴミ出しする時に面倒でしょ。
1階か2階の角部屋で、できれば大家さんが近くに住んでるようなマンションがいいなぁ。」

結局、俺の言うことなんか聞きもしないで後日、勝手に決めてきたあいつ。
気に入ったそのマンションにあいつは今も住み続けている。

こまめに部屋を片付けて、出勤前にゴミ出しをする。そんなあいつを思い出し、思わず顔が緩む。

「式の打ち合わせはあなたに任せるわ。」

女の言葉に思考が現実に引き戻される。

「分かった。」

「ドレスは好きな物が無かったから、新しく作らせることにしたの。
それに合わせて、ダイヤのチョーカーもオーダーしたから、それは婚約のプレゼントとしてあなたが払って。」

こういう女の傲慢さにも全く腹がたたないのはなぜだろう。
もちろん、愛してるからなんかじゃない。

この女と何か言葉を交わすこと自体、無駄だと知っているからだ。
金が欲しいならいくらでもくれてやる。
この女には金以外なにもやるものがねーから。




久々に姉ちゃんが帰国した。

「よりにもよって相手があの娘なんてっ。」
俺に会うなり怒り爆発の姉ちゃん。

「半年前、同じ飛行機に乗り合わせたのよ。
もぉー、ワガママで酷かったわ。
あの子が義理の妹になるなんてホント最悪。
つくしちゃんだったら…、あっ、ごめん。」

いつもの癖で姉ちゃんの口から牧野の話が出そうになる。

「姉ちゃん、いつまでこっちにいる?」

「1週間くらいかしら。」

「今回は早いな。」

「だって、つくしちゃんに会えない…あ、ごめんっ。」

俺に気を使ってるのか、わざとなのか、どっちなんだよ。
おかしくなってクスッと笑う俺に、姉ちゃんは心配そうに聞く。

「つくしちゃんには婚約のこと伝えたの?」

「いや。
でも、この間あった時にあいつ知ってた。」

「会ったのっ!?」

「ああ。メープルに仕事で来てて、ばったり会った。」

「つくしちゃん大丈夫だった?」

姉ちゃんのその言葉に、あのときのあいつを思い出す。
牧野に会うのは、結婚はできねぇと伝えて泣かせて以来。

突き放しておきながら、声が聞きたくて何度も電話しようとしたなんて口が避けても言えねぇし、それをしたらまた同じことの繰り返しだ。

でも、久々にあったあいつは、俺をまっすぐ見つめて、楽しそうに笑った。

まるで、吹っ切れたかのように。
「おめでと。頑張って。」
なんて、他人事のように笑って言った。

「大丈夫じゃねーよ。」
姉ちゃんの問いにそう答える。

「やっぱり?辛そうだった?」

「…ああ。」

辛いのは、
あいつじゃねぇ。
考えないようにしてる
俺自身だ。

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