道明寺の婚約話が耳に入ったのは、別れて2ヶ月くらいしてからだった。
仕事の打ち合わせでメープルホテルのドレスルームへ行くと、若い新人スタッフが興奮気味に教えてくれた。
「道明寺司さん、婚約したらしいですよ。」
「……へぇー。」
「式もここで挙げるそうです。
相手の方、どんな方なんでしょうね。」
そんな話をしていると、ドレスルームに一人の女性が入ってきた。
淡いピンクのワンピースにヒールが折れそうなくらい高い靴。
長く栗色のウェーブの髪にツヤツヤのリップ。
いかにもお嬢様という出で立ちの彼女が、
「ドレス試着してもいいかしら。」
とスタッフに言った。
「どうぞ。」
と中に案内された女性。
しばらくして一着のウェデイングドレスを身に着け現れた。
素敵…。
遠目でチラッと見ただけでも似合っているのがわかる。
「写真、撮ってもらえる?」
「はい。」
若いスタッフに写真を撮るよう言って、前と後ろから数枚撮ってもらっている。
「見せて。」
「はい。」
「ちょっと!角度が悪いわね。
もう少し全体のバランス考えて撮ってもらえるっ。」
きつい言い方に、その場が一瞬静まり返る。
「すみません。」
「いいわ、次のドレスに着替えてくるから。」
傲慢な態度はお嬢様だからなのか。
あたしは顔見知りのスタッフに視線を送り、
「また、来週来ます。」と口だけ動かして挨拶すると、ドレスルームを逃げるようにして出た。
あんな女性と結婚するのはどんな人だろう。
きっと苦労するんだろーな。
なんて思いながらホテルの廊下を歩いていると、
男性用ドレスルームから男の人が1人出てきた。
後ろ姿だけでわかる。
久々に見る道明寺。
見つからないように立ち止まって息を潜めたのに、その願いも虚しく、道明寺が振り向いてあたしを見る。
「……おう。」
「…どーも。」
ペコリと頭を下げて、おかしな挨拶をするあたしに、クスッと笑った道明寺はゆっくりと近付いてきた。
「仕事か?」
「うん。」
「……元気だったか?」
「うん。」
あたしたちの関係が変わってから初めて顔を合わせる。
もっと気まずかったり、苦しかったりするのかと思ったけれど、
実際はそうでもなかった。
ちゃんと、『無し』だと自分で認めたからもう辛くない。
「道明寺は?仕事?」
「……いや、」
その後、道明寺がチラッとドレスルームを見ながら何かを言おうとした時、
あたしたちの後ろで声がした。
「あら、もうフィッティングは終わったの?」
廊下の向こう側にいるのはさっきドレスルームにいた女性。
フィッティング?
道明寺に向かってそう話す彼女を見て、
あたしは一瞬で状況を理解した。
「牧野、俺、」
「道明寺、婚約したんだってね。」
「…ああ。」
「もしかして、相手はあの人?」
小声でそう聞くと、もう一度
「ああ。」
と答える。
それを聞いて、あたしは思わず笑ってしまった。
「ふふっ……あははは。」
「牧野?」
彼女みたいな人と結婚するのはどんな人だろう。
苦労するだろうな。
さっきそう思ったのに、まさかそれが道明寺だったなんて。
「おまえ、何笑ってんの?」
「いや…ふふっ……別に。」
道明寺、あんた苦労すると思うよ。
でも、あたしを捨てたバツだから覚悟しなさいっ。
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