その話が伝えられたのは、なんの前触れもなく
突然だった。
『○○商事の一人娘と縁談の話がある。』
母親から直接俺の耳に入れるということは、水面下ではもう話は進んでいるということだろう。
結婚…。
俺にとってそれはビジネスでしかない。
相手は誰だろうと同じだ。
ただ、親父と約束したことがある。
親が決めた結婚に従えば、財閥のホテル部門をババァから俺に引き継ぐ事。
そして、親父からの遺産を生前贈与という形で受け取ること。
どうせ、望む相手と結婚できないなら、これくらいの対価は求めてもいいだろう。
「司、本当にいいの?」
姉ちゃんから珍しく携帯に電話がきた。
「何が?」
「何がって、結婚に決まってるでしょ!」
「あぁ、その事か。」
ベッドにゴロンと横になり、携帯を耳に当てる。
「呑気ねあんたはっ。このままだと本当に結婚させられるわよ。」
「ああ。」
「つくしちゃんはどうするのよっ。」
その名前に胸がチクリと痛む。
「別れた。」
「……はぁ?」
「だから、俺達別れたんだって。」
「いつ?なんで?どーしてよっ!」
姉ちゃんのでかい声が携帯から溢れ出す。
「姉ちゃん、落ち着けって。
牧野とは1ヶ月前に別れた。」
「司、あんた本当?」
「ああ。」
「なんでよ、バカ。」
暴言を吐きながらも姉ちゃんの声が涙に詰まる。
「あいつに、……結婚してくれって言われた。」
「つくしちゃん……。」
「結婚は無理だってはっきり言ってあいつを泣かせた。
でも、変な期待は持たせたくねーし、実際出来ねぇなら俺達はここまでだから。」
言ってて死ぬほど情けねえのは自覚してる。
けど、あいつとの将来についてはもう何年も前に俺の中で結論をつけた。
「それでいいの?」
姉ちゃんのその言葉に数日前の光景が目に映る。
商談で訪れた、あるホテルのロビー。
そこから見えるローズガーデンの向こうには小さなチャペル。
そこでウェデイングの準備スタッフの中に、久々に見る牧野の姿があった。
白いブラウスに黒いエプロンをして、自分でアレンジした花を飾り付けしている。
花を扱って働いている時のあいつはどんな時よりも生き生きしている。
正直、別れてからもあいつからの連絡を待っていた。
類にも強がって『そろそろ牧野から連絡がくるだろう。』なんて言ったけれど、
あれから1度も牧野から連絡はない。
それは、あいつが『別れ』を受け入れたということだろう。
俺にできることは、あいつの為にも自分の為にも、
ただ何もしない事。それだけしかない。
姉ちゃんの
「それでいいの?」
それに俺は答えていた。
「こうするしかねーだろ。」

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