カツカツカツカツ……。
商店街からほど近い築20年のマンションの2階。
そこが俺のねーちゃんの部屋。
階段を上り、もしも何かあったとき用に持たされた合鍵を鍵穴に入れると、ドアは既に開いている気配。
ねーちゃん、帰ってきてるのかな?
「ねーちゃん!」
部屋の奥に問いかけると、
「おうっ、弟か?」
そう言ってねーちゃんの彼氏、道明寺さんが顔を出した。
「あっ、こんばんは。いらしたんですね。
ねーちゃんは……。」
「あいつなら、まだ帰ってきてねーけど、今メールで仕事終わったって入ったからもうすぐ帰ってくると思うぞ。」
「そうですか。
……いや、また出直してきます。」
「いいから入れ。」
道明寺さんは俺の返事も聞かず、部屋に戻っていく。
ねーちゃんと道明寺さんが付き合いだしてもう4年。世界的に有名な道明寺さんに対して、ねーちゃんはどこにでもいる普通のOL。
弟である俺でさえ、何度も二人の交際を疑ったが、こうして実際ねーちゃんの部屋にいる道明寺さんを見ると、なぜだかほっと安心する自分がいる。
「元気だったか?弟。」
「あっ、はい。道明寺さんもお元気そうで。」
緊張のあまりワケわからない返事を返すが、
「おう。」
道明寺さんはそれだけ言って綺麗に笑った。
ほんとにどうして神様は不公平なんだろう。
男の俺から見ても、こんなに綺麗な人はいないと思うぐらい整った顔。
引き締まった体。
そして、生まれ持ったオーラ。
そんな道明寺さんが、こんな2DKのマンションの小さなテーブルにあぐらをかいて座ってるなんて…………。
「お茶でも入れましょうか?」
俺は道明寺さんの目の前に座ることが居たたまれなくなって、慌ててキッチンに向かった。
すると、キッチンのテーブルに高級フルーツショップの紙袋が置かれてあり、チラッと見ただけでも数種類のフルーツがぎっしり入っている。
そしてその横には、ねーちゃんの好きそうなゼリーやらジュースが綺麗に並べられている。
それを横目に、俺はやかんを火にかけようとしたとき、
「弟、俺そこまで出てくるから。」
道明寺さんが言った。
「えっ?帰るんですか?」
「いや。そろそろあいつが帰ってくる頃だから、バス停まで見に行ってくるわ。」
「っ!道明寺さん!そこまでしなくていいです!ねーちゃんなら自分で帰ってこれますからっ。」
道明寺さんに向かえに行かせるほどバス停が遠くもないし、この辺は商店街の近くで人通りも結構あって、暗くなってもさほど危険な場所ではない。
「とにかく、お茶入りましたから座って飲んで下さいっ。」
慌てていれたから、薄いお茶になったのは勘弁して欲しい。
道明寺さんに強引にお茶を差し出して、自分もお茶を一口飲んだ。
「サンキュ」
そう言って道明寺さんはお茶に口を付けながらも、高価そうな腕時計をしきりに見て時間を気にしている。
そんな姿に迂闊にも見惚れてしまい無自覚に口が滑る。
「…………道明寺さん、いつもそうなんですか?」
「ん?何がだ?」
「いつも、ねーちゃんのことバス停まで迎えに行ったりしてるんですか?」
「いや、今日はたまたま俺も自分で運転して来なかったから、あいつの職場まで迎えに行ってやれなくてよ。」
「もしかして、いつもは職場まで車で迎えに行ってるんですか?」
「ああ。」
「…………道明寺さん、甘すぎます。
どう考えても、ねーちゃんより道明寺さんの方が忙しいに決まってるし、ねーちゃんの職場なんてここから歩いても15分ですよ。
バスなら二つ目です。」
「ははっ、確かにな。甘いかもな。」
そう言いながら、道明寺さん自身が甘い顔で笑う。
「あれだって、道明寺さんが買ってきたんですよね?毎回ですか?あんな高級なもの。」
キッチンに置かれた高級フルーツが入った紙袋を俺が指差して聞くと、
「メロンって一万円もするんだな。
自分で買ったことねーからさすがにビビったわ。」また笑う。
「一万円のメロンって!
ほんと、道明寺さん、ねーちゃんに甘すぎですからっ。」
「これも、たまたまだ。あいつ風邪気味だって昨日の電話で言ってたから、買ってきてやっただけ。」
「ねーちゃんなら、千円のメロンで充分です。」
「ははっ、だな。そーだな、弟。」
俺が何を言っても、道明寺さんは優しい目で綺麗に笑う。
昔からねーちゃんに惚れていると豪語するだけあって、甘々なのは変わらない。
こんなに大事にされて、ねーちゃんはちゃんと応えれているのだろうか。
「道明寺さん、俺やっぱり今日は帰ります。」
道明寺さんに会えただけで胸がいっぱいになった俺がそう言うと、
「飯食っていけよ。もうすぐあいつも帰ってくるぞ。」
「いや、俺はいいです。二人で食事に出掛けるんですか?」
「いや、あいつなんか作っておくって言ってたから、用意してあると思うけど。」
そう言ってキッチンの方に目を向けた道明寺さん。俺もつられてキッチンに目をやると、さっき使ったやかんの横に、蓋をしたフライパンが置いてある。
俺はキッチンに行き、そっとその蓋を開けると、
中には…………麻婆豆腐。
道明寺さんに麻婆豆腐。
ねーちゃん、どんな神経してんだよっ。
「道明寺さん、今日は外に食べに行った方が良さそうですよ。」
フライパンの蓋を持ったまま振り返って言う俺に道明寺さんは近付いてきて、フライパンの中を覗いている。
「ねーちゃん、最近麻婆豆腐に凝ってるのかな。この間来たときも麻婆豆腐作ってあった気がする。」
俺がそう呟いたとき、玄関でドアが開く音がした。
「ただいまー。」
ねーちゃんが帰ってきた。
「進?来てたの?」
「うん。母さんからいつものぬか漬け預かってきた。」
「ほんと?嬉しい。」
そう言って喜ぶねーちゃんの顔は、冬空の中歩いてきたからか頬と鼻のてっぺんが赤い。
「道明寺、待たせてごめんね。お腹すいたでしょ。すぐにご飯にするから。」
急いでコートを脱ごうとしているねーちゃんに、道明寺さんが近付いていく。
そして、その大きな手でねーちゃんの顔を挟み込み、頬を包んだ。
「寒かったか?赤くなってる。
風邪気味だって言ってたのに、迎えに行けなくてわりぃ。」
「ううん、大丈夫。」
俺がいるっていうのに、こんな風にさらっとかっこいい動作と台詞を言えるのも道明寺さんだから許される。
「着替えてくる。それからご飯にするね。」
「今日、あれだろ?」
フライパンを指差して言う道明寺さん。
「あっ、そう麻婆豆腐。
たまたま豆腐があったから作ったの。
道明寺、好きでしょ?」
「おう、すげー嬉しい。」
あー、そういうことか。
最近、ねーちゃんが麻婆豆腐に凝ってたのは道明寺さんのためか。
たまたま豆腐があったから、とか言ってるけど今日のために作ったのは間違いないし、それを道明寺さんも分かっている。
普段から道明寺さんに食べさせるために練習してたのか、それともいつ来てもいいように作って待ってたのか…………どちらにしても、ねーちゃんも甘い。
いつも口げんかばかりしている二人だけど、お互い甘々なのかもしれない。
道明寺さんは表に出すタイプだけど、ねーちゃんは裏で。
「道明寺さん、やっぱり俺帰ります。
ねーちゃん!俺帰るわっ。」
このままいたら、二人の甘々を見なくちゃいけないことになる。
「えっ!ちょっと待って、着替えてるから、」
奥からねーちゃんの声が聞こえてくるけど、俺は自分のコートを持って玄関に向かった。
靴を履いていると後ろから道明寺さんが来て
「弟、これ持っていけ。」
そう言って紙袋を手渡してくれる。
中身を見ると、あのメロン。
「いや、いいです!こんな高いもの。
ねーちゃんに買ったんでしょ。」
「いいんだよ。あいつには千円のメロンでも買ってやるから。」
そう言ってイタズラっ子のように笑う道明寺さんもすごく絵になっている。
「…………ありがとうございます。」
「おう。」
道明寺さんに頭を下げて玄関を開いたとき、急に名前で呼び止められて、今日一番の道明寺さんの甘い顔を見た。
「進、……もう少ししたら、あいつと結婚しようと思ってる。
そしたら、ほんとの弟になってくれるか?」
まるで、プロポーズのようなその言葉。
もちろん、俺は出会った頃から決めている。
いつでもまっすぐで一途で、常にねーちゃんを大事にしてくれる道明寺さん。
地位とかお金とか権力とか、そんなものは関係ない。一人の男として尊敬している。
だから、なんの迷いも不安もない。
「ねーちゃんのこと、よろしくお願いします。」
いつか、道明寺さんに聞いたことがある。
ねーちゃんのどこがいいのかって。
そしたら道明寺さんは、その時も綺麗に笑いながら言っていた。
「俺にとって運命の女だ。」
未だにその言葉の意味が分からない俺だけど、いつか俺にも運命の女が現れたとき、その意味が分かるのだろうか…………。
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