『夜、電話するね。』
と言った彼女からの電話はまだない。
オフィスから邸に戻り、シャワーを浴びたあと自室のソファにごろりと横になる。
目を閉じると昨夜の飲み会が脳裏によぎる。
酒に酔って、トロンとした目で俺を見つめる彼女。
たぶんあそこに俺達二人だったら間違いなく押し倒してた自覚はある。
ただ、気になる事もある。
アシスタントの女性が言った『元彼』の存在。
イケメンだったらしい元彼は、つくしが漫画家のアシスタントをしていた時に知り合った男で、交際はたったの1ヶ月ほど。
結局、何が原因か知らないが、つくしから別れを告げたらしい。
つくしが寝落ちしたあと、『ひろ子さん』が酔った勢いでそう話したあと、俺の肩を叩きながら、
「先生が3ヶ月以上付き合ってるなんて奇跡なの。これからも末永くよろしくお願いしますっ。」と言ったあと、死んだように眠りについた。
「奇跡か……。」
ソファに寝転がりながらそう呟く俺。
俺だってそうだろ。
初めは正直、勢いで告白したようなものだったけれど、いざ彼女と過ごしていく内に愛しくて堪らない存在となっていった。
こういう感情を自分が持ち合わせてるとは知らなかった。
そして、同時に彼女にもそう感じていて欲しいと願う。
そんな事を考えていると、ポケットの携帯が鳴った。
「もしもし。」
「牧野です。」
彼女はいつものように名字で名乗る。
媚のないそういう所も、俺をゾクッとさせる一つ。
「電話こねぇから、寝たかと思ったぞ。」
「ごめん。よく考えたら、仕事が何時に終わるのか知らなくて、いつ電話していいのか分からなかったの。」
「1時間前には家に戻ってた。」
「ほんと?なんだもっと早くかければよかった。」
耳に彼女の甘い声が響く。
「今日、何してた?」
「天気が良かったからシーツや布団カバーを洗濯したり部屋の掃除。あとは、貯まってたビデオを見たりしてのんびり過ごしてた。」
キッチンや寝室がいつもきちんと整っているのは、忙しい仕事の中でもこまめに掃除をしている証拠だろう。
「あっ、そういえば、昨日上着忘れていったでしょ。」
「あぁ。」
「寒くなかった?」
「おう。…わざと忘れたんだよ。」
「へ?わざと?」
「忘れ物があれば、また部屋に行く口実ができるだろ。」
なんて言ってみたが、本当は、
酔っ払ったアシスタント二人をタクシーに乗せるのに無駄な労力を使い、完全に上着のことは忘れてた。
「フフ…うちに来る口実?」
「ああ。」
「口実なんてなくてもいいのに。」
小さくそう呟く彼女に少し意地悪してみたくなる。
「口実がなきゃ、いつでもそっちに行くぞ。」
「…いいよ。」
「会いたくなったらいつでも?」
「うん。」
「今から行くって行ったら?」
ったく、俺の口は、惚れ込んだ相手にならこんな甘い言葉も易々と出てくる。
困ってる彼女の顔を想像して、逃してやろうと思った矢先、彼女が言った。
「来る?今からうちに。」
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