惚れた弱み 6

惚れた弱み シーズン1

〈道明寺〉

彼女と付き合いだしてから、いつも読む雑誌や見るサイトも変化した。

漫画家という仕事はもちろん、出版業界についても少しは詳しくなった俺。

そんな時、ある雑誌で目に止まった写真がある。

『若き漫画家を育てる、カリスマ編集者』という特集で3人の編集者にスポットがあてられた記事。
その中の1人の名前に聞き覚えがある。
それは彼女を担当している『磯山 誠』という人物だった。

名前は彼女から何度か聞いたことがあったけれど、写真で見るのは初めてで、俺の眉間にシワが寄る。

なぜなら、
かなりいい男だったから。

俳優だと言われても違和感のない顔立ちと、長身のスタイル。おまけに父親は大手出版社の取締役と家柄もいい。

彼女の携帯に頻繁にかかってくる相手がこいつかと思うと、単に仕事相手だとはいえ、いい気がしないのは当たり前だ。

その夜、仕事終わりに待ち合わせて久々に彼女とデート。

そして、食事が終わったあとゆっくり散歩をしながら彼女のマンションの前へ着くと、無言で彼女を見つめる俺。

「な、なに?」

「なにって、分かんねぇの?」

「ん?分かんないけど…」

「この展開なら、部屋に寄ってく?って普通聞くだろ。」

付き合ったばかりの男女ならここですんなり帰るのが少女漫画の展開かもしれねーけど、俺らはもう付き合って2ヶ月以上。

このシチュエーションなら部屋に寄っていくのが正しい展開だろ。

俺を上目遣いで睨んだあと、
「寄っていく?」と、照れたように言う彼女に、返事の代わりに手を強く握った。

鍵を開けて部屋に入るとすぐに、一気に我慢してたものから開放されるかのように、彼女の唇を奪いに行く。

俺にこんな日が来るなんて自分でも驚きだ。
早く彼女に触れたくて、触れたら止まらなくて、壊れ物を扱うように優しく丁寧に。

触れる唇が気持ちよくて、どれぐらい重ねていただろうか。

彼女が俺の胸を押し返してようやく離れた唇から、
「電話かも。」
と彼女が呟く。

確かに、足元に落ちた鞄からかすかにバイブ音がする。

慌てて携帯を取り出した彼女は、
「磯山さんからだ。」と言ったあと携帯を耳にあてた。

「はい。お疲れ様です。
……はい、……あ、今確認してみます。」
そういったあと、バタバタと部屋に入っていく彼女。

そして、
「あ、届いてます。今、ちょっと出掛けていたので確認遅くなってすみません。」
と、パソコンを開いて仕事の話。

俺はそれを黙ってソファに座りながら聞いていると、
「いえ、今部屋に戻ってきた所です。
……え?今からですか?……」
と、彼女の口調が戸惑いに変わる。

「今はちょっとー、疲れてるので早く寝ようかなと思って…。」
俺に背を向けて小さく答える彼女。
どうやら、悪い虫がまとわりついているらしい。

俺は立ち上がると、彼女へ近付き言った。

「つくし、仕事の話か?」

「えっ、あー、うん。
ごめんなさい磯山さん、今日はこれで失礼します。」

慌てて電話を切る彼女は、俺の視線をかわしキッチンへと逃げていく。

「コ、コーヒーでも飲む?」

「こんな時間に何の用だった?」

「えっ?あー、仕事のメールが届いてるかの確認。」

「その後は?」

「へ?」

「今から会えるかって?」

「あー、うん。
近くのカフェで打ち合わせしようって。」

彼女の態度に不自然はない。
ただ、ここは彼氏として黙って見逃すわけにはいかないだろ。

コーヒーをテーブルに置き、俺の隣に座った彼女の両頬を包み込みグイッと俺の方に向かせると、

「仕事だろうが男と二人でこんな時間に出かけるのは禁止だ。」
と言ってやる。

「禁止って…プ…それって束縛ってやつ?」

「ああ。おまえ、何笑ってんの?」

「だって……束縛って、なんか漫画に出てきそうだし。」

「…はぁーーー。」

俺の嫉妬なんか構っちゃいない彼女は、漫画のネタが出来たかのように嬉しそうにしてやがる。

「真剣に聞けって。」

「聞いてるもん。」

「メモしてんじゃねーよ。」

「だって、忘れちゃうでしょ。」

いわゆるネタ帳に何やら書き込む彼女。
俺はそれを見ながら、苦笑するしかねぇ。

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