〈道明寺〉
「俺と付き合わないか?」
口から溢れ出たその言葉に返事はなく、
もう一度言う。
「付き合おう。仕事にも役に立つだろ。」
色気のない告白だと言うことは百も承知だけれど、
今までの俺の人生、初めてのセリフだから仕方ない。
たっぷり10秒ほど間が空いたあと、彼女は答えた。
「は、はい。お願いします。」
そうして、俺の彼女となったのは、
牧野つくしという1つ年下の漫画家だった。
出会いは喫茶店の二階。
そこは、親父が若い頃から行き付けにしていた古い店。
1階は普通の客で賑わっているが、2階はマスターが許した客しか座れない静かな空間。
そこに行くと、奥から2つ目の席にいつも彼女がいて、俺が来たことなんて気付いていないかのように、机の上の紙とにらめっこしている。
時には必死で何かを書いていたり、
時には怖いくらい真剣な顔で考え込んだり。
いつだったか、彼女が帰ったあとマスターに聞いた。
「いつもいるあいつ、何者ですか?」
「あー、つくしちゃんかい?
昔ここでバイトしてた子さ。
今は売れっこの漫画家さん。」
「へぇー。」
漫画家。
俺とは縁のない人間だ。
ある時、いつものように喫茶店の奥にある階段を上り2階へ行くと、いつもの席に彼女が座っていた。
久しぶりに会う彼女。
ゆっくりとコーヒーを飲みながら仕事のメールに目を通し、ふと顔を上げると、
彼女が机に突っ伏して眠っていた。
それを見て、なんとなく体が動いた。
彼女に近づき、隣のテーブル席に座る。
そして、机に広げられたいくつかの紙を手に取る。
それは書きかけの漫画の原稿だった。
上手いのか下手なのか、漫画をほとんど読まない俺にはさっぱり分からない。
けれど、それが恋愛ものの、いわゆる少女漫画だと言うことはわかった。
なぜなら、その漫画のストーリーが今まさにキスシーンだったから。
そのシーンで力尽きて寝てしまったのか。
と、その時、
彼女が眠そうな顔を上げて俺の方を見た。
そして言った。
「どう思います?それ。」
勝手に読んで怒られるのかと思っただけに、その言葉に拍子抜け。
「あ?」
「いや、だから、そのぉー、その展開どう思います?」
「ここでのキス?」
「そう、そうです!」
「ありえねぇ。」
読んで感じたとおり言った俺に、
「あー、やっぱり?そうですよね。
ありえないですよね、そこでキスするなんて。」
と、また机に突っ伏して頭を抱える彼女。
自分で書いておきながら、あり得ないと頭を抱えるその仕草が妙に可笑しくて、クスッと笑っちまった俺に、
彼女は顔を上げて、恥ずかしそうに笑った。
その顔が、すげぇ可愛くて一発で俺は
『落ちた。』
それから俺らは何度も話すようになった。
いつも話題は漫画のこと。
「恋愛したことない作者が、妄想だけで恋愛漫画を書いている。」
と、彼女が漏らした通り、
肝心のラブシーンの展開になるといつも頭を抱えている。
「男の人って、こんな時どうします?」
「女の子にこうされたら嬉しいですか?」
仕事に真剣な彼女の質問に、柄にもなく真面目に答える俺は、いつしか彼女にどっぷりと惹かれていった。
そして、出会って1ヶ月。
冒頭の告白。
「仕事に役に立つだろ。」
とは、余計なセリフだが、そう言わなければOK貰えなかったかもしれない。
今までの恋愛とは違う。
相手の女に合わせていつしか付き合い、いつしか別れてきたこれまでの恋愛とは違い、
今回は『俺が』彼女と付き合いたいと思った初めてのパターン。
惚れた方が弱いというが、ほんとそうかもしれねぇ。
驚いた顔で俺からの告白に応じた彼女が、
すげぇ可愛くて、もうすでに俺はメロメロだ。

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コメント
これは新作ですよね?
楽しみです。
新作です♡
短編になると思いますが、シーズン1、シーズン2という感じで、続く設定でいます。どうぞお楽しみに。