nephew 8

nephew

牧野と久しぶりにゆっくりとデートをする予定だった週末は、結局宗太のお守りで二人きりになることはほとんど出来なかった。

でも、はじめて牧野が邸に泊まり俺の部屋にずっといる。
そのことが無性に嬉しくて、こんなにも癒されることなんだと改めて気付かされた。

あれから、4日目。
宗太の様子が…………おかしい。

いつもは、俺が帰ってくるのを待ちわびてエントランスまで駆けてきたり、食事中もタマやババァに今日学校であったことを楽しそうに話していたはずなのに、ここ数日は自分の部屋に引きこもっているか、姉ちゃんの病室に入り浸っているらしい。

「今日もあいつはいねーのか?」
朝食の時にそこにいるはずの宗太の姿がないのを見てタマに聞くと、

「昨日も病室に泊まったようですよ。」
と、困った顔で答えるタマ。

「学校は?」

「学校には行ってますけど、昨日は頭が痛いって早退してきて部屋でゲームをしてました。
ここにきて、ホームシックにでもなってしまったんでしょうかね宗太坊っちゃんは。」

「ただのサボリだろ。」

「そうだといいですけど、日に日に元気がなくなってるようで、タマもどうしたらよいのか。」

そんなことをタマと話していると、ダイニングにババァが入ってきて自分の席に無言で座った。
タマがババァにコーヒーを出すのを見計らって、俺は席を立とうとしたとき、それを制するようにババァが言った。

「司、ちょっと時間いいかしら。」

「あ?……今か?」

「ええ、そうよ。座って。」

こんな時間にババァに呼び止められて話があるとすれば仕事のことではなさそうだと直感し、嫌な予感がする。

「実は、…………牧野さんのことだけど、」

「なんだよっ。あいつのことで今更グダグダ言われる筋合いはねーよ。」

嫌な予感があたって、話の内容も聞かずに怒鳴る俺に、

「はぁーーーー、まったくあなたって人は。」
と、なぜか呆れ顔のババァと、それを見て苦笑するタマ。

「なんだよ…………牧野がどうかしたのかよ。」

「ええ、彼女に折り入ってお願いがあるんですけど、その前にあなたに話を通しておかないとまた暴れると思って。」

「暴れるって……。とにかくっ、お願いっつーのはなんだ?」

ババァが牧野に頼みごとをする、そんなことは今まで一度だってなかったし、その内容は予想もできない。

「実は、宗太のことなんだけど、」

「宗太?」

「ええ。最近、椿にベッタリで病室から離れられないのよ。
ホームシックにかかっているようで椿も困っているわ。
この間の週末にあなたと牧野さんと過ごしたことがよほど楽しかったようで、一気に静かになったこの邸が寂しくて仕方ないみたい。
そこで、私からのお願い……、
牧野さんさえ良ければ、しばらくこの邸で一緒に暮らして頂けないかしら。」

「…………。」

「仕事も私生活も今まで通りで構わないわ。
ただ、時間があえばこうして一緒に食事をして、宗太と他愛のない時間を過ごして貰えたら嬉しいの。」

「でも、いくら宗太の為だからって、牧野の負担が重すぎるだろ。」

「ええ、それはわかってるわ。
でも、将来のためにはここでの生活に慣れておくのもいいかと。」
そう言って意味深にニヤリと笑うババァ。

牧野がこの邸で暮らす。
それは、結婚まで叶わぬ夢だと思ってたこと。
それをまさかババァから提案されるとは。

「これでも、宗太のことを言い訳にして、あなたに協力してあげてるつもりよ。
この間のデートの埋め合わせに、二人で旅行に行きたいからって仕事の休みを要求してたけど、仕事の都合上、今はそれは無理よ。
でも、私の提案なら、毎日仕事から帰ってくれば彼女に会えるわよね?どう、悪くないでしょ?」

ああ、想像しただけで……悪くない。
毎日、声だけでも聞ければいい方なのに、この邸に牧野がいるなんて。

「牧野には俺から話す。
少しでも難色を示したら、そこでこの話はなしだ。
それでいいか?」

「ええ、もちろん。」

その日の昼に牧野の携帯をならす。

「もしもし。」

「俺だ。」

「どうしたの?」

日中に電話をかけることはほぼないからか、驚いた声のこいつ。

「今、少しいいか?」

「うん、1時までなら。」

そこで、今日の朝ババァから聞かされた『お願い』を牧野に話す。
話終えた俺に、牧野は黙ったままだ。

「…………。」

「無理ならはっきり言ってくれ。
おまえに強要するつもりはねーし、仕事のことだってあるしよ。」

「…………。」

それでも、電話の向こうの牧野は黙ったまま。
腕時計を確認すると、もうすぐ1時。

「返事はいつでもいい。
考えてみてくれ。」

「……ん。」

「じゃあな。」

「道明寺っ。」

「ん?」

電話を切ろうとした俺を牧野が呼ぶ。

「道明寺は……道明寺はどう思う?」

「どうって?」

「だから、……あたしが邸にいることで宗太くんが元気になると思う?
具体的に何が出来るかなんて分からないけど、それでもいいと思う?」

真面目なこいつらしく、自分が宗太の為になれるかを気にしてる牧野。
そんなこいつに、俺は言ってやる。

「おまえが迷ってるなら邸に来い。
宗太のためになれるかなんてどうだっていい。
俺のために邸に来い。」

「ちょっと、あんたの為って趣旨が違ってくるでしょ。」

「違わねーよ。
俺はおまえと一秒でも長くいてぇ。
だから、」

そこまで言ったとき、電話の向こうで1時を知らせるベルがなる。

「あっ、道明寺、1時だから仕事に戻るね。」

「おいっ、まだ話の途中……、」

「フフフ……あんたのストレートな気持ちはよく分かったから。
お母さんに伝えて。
『今週末に行きます。』って。
じゃあね、」

言いたいことだけ言って、一方的に切れた電話。
でも、その最後の言葉が甘く俺の耳に残る。

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