ロスの早朝。
さすが大都会だけあって、こんな早くから開いているカフェにも客が少なくない。
オープンテラスもあるこのカフェ。
そのテラスには目もくれず、店の一番奥にあるテーブルについた俺は、店の若い店員と親しげに話す牧野をじっと見つめる。
ロスに来てもうすぐ1年。
来週には日本へ帰国する。
来た当初は不慣れな発音も、今はスラスラとネイティブな発音で話す牧野。
「またあいつかよ。」
コーヒーを二人分持って戻ってきた牧野に俺がそう言うと、
「……ニックにもお別れしてきた。」
そう言ってコーヒーに口をつける。
週に3回は朝の散歩がてらこのカフェに通ってた俺と牧野に、あの店員ニックはいつも話しかけてきた。
最初は牧野に近づくんじゃねぇと威嚇してやったが、どうやら奴にその気はないらしく、いつのまにか牧野の英語の先生と化していて、発音の上達に一役かっていた。
「鶴さんへのお土産、タマさんと同じでいいかなぁ。
滋さんと桜子にはどうしよう。
伊藤くんにも買わなくちゃ。」
「おまえさ、別に観光で来てる訳じゃねーんだから、そんな皆にお土産なんて必要ねーだろ。」
「けど、皆からたくさん送ってもらったのに、手ぶらでは帰れないでしょ。」
この1年、日本からこいつ宛に、とにかくいろんな物が届いた。
米からはじまり、タマ特性の梅干し、鶴お手製の干いも、滋や桜子からは化粧品、伊藤からは定期的に本が送られてきた。
「あいつら、ロスでも日本のものが買えるって知らねぇのかよっ。」
そう悪態をつく俺に、
「嬉しいじゃん……」
と涙ぐむ牧野。
そんなやり取りを何度もした記憶がある。
「日本に帰ったら、とりあえず邸で休もうぜ。」
そう言う俺に、
「ん。タマさんにお土産渡すのね。」
と、まだ土産の話をしてるこいつ。
「ちげーよ。とりあえず邸で荷物を置いてから、ババァに挨拶に行くぞ。」
「それなら直接、理事長室に寄ってよ。
その方があたしの荷物も置けるし。」
「おまえの荷物をどこに置くつもりなんだよ。」
「寮。」
「アホ。」
1年一緒に暮らしておきながら、今更どうして別々に暮らさなきゃなんねーんだよ。
「日本でのおまえの家は、道明寺邸だ。
嫌なら、マンション買ってもいいぞ。
帰ったらすぐに見に行くか?」
そう話す俺に、キョトンとした顔で見つめてくるこいつ。
「えっ、……えーと、どういうことでしょう。
あたしが、邸で暮らすの?
なんで?」
「なんでって、当たり前だろ。
今更、なんで別々に暮らさなきゃなんねーんだよ。」
「はぁ?だって、でも、」
「誰か反対するやつがいるか?」
ロスで一緒に暮らすことを強硬的に決めた俺に、渋る牧野を説得してくれたのは、誰でもなく互いの両親だった。
「でも……ロスでは不慣れなあたしを助けるためにあんたに助けてもらったけど、日本に帰ったら、一緒に暮らす理由が……ないよ……。」
そう呟くこいつの右腕には、いつも変わらず同じブレスレットが揺れている。
俺が特注で作らせたGPS内蔵の300万ブレスレット。
それを眺めながら、俺はズボンのポケットから小さなリングを取り出して、自分の手の中に握りこむ。
そして、目の前のこいつに言う。
「理由ならあるだろ。」
「……え?」
「俺とおまえが一緒に暮らす理由。」
「…………。」
「牧野、俺は今まで生きてきて、おまえと過ごしたこの1年が一番幸せだった。
俺はおまえが望む幸せはなんでも叶えてやりたいと思ってる。
だから、おまえも、俺の幸せを叶えてくれよ。」
そう言って牧野の前で手を広げる。
手のひらに光るのは、ブレスレットと同じデザインで作らせたダイヤの指輪。
「牧野、俺と結婚してくれ。」
一生に1度のプロポーズ。
その答えは、
「……これも、GPS内臓なの?」
どこかのリゾート地で、夕日を眺めながら、
ワインを片手にプロポーズ。
そして、答えは「はい。」と、涙ぐみながらキスでする。
そんな夢みたいなシチュエーションが誰よりも似合うはずの俺なのに、
現実は、このどうしようもなく空気を読めねぇ女がいいんだからしょーがねぇ。
「牧野、手出せよ。」
「ん。」
「そうじゃねーだろバカ。」
手のひらを上にして俺に差し出してくる小さな牧野の手を握り、くるっと逆にしてやる。
そして、
「おまえは、一生俺を幸せにしろ。」
そう言って、薬指に小さなリングを光らせると、
「ったく、俺様なんだから……」
と俺の大好きな笑顔で牧野が微笑んだ。
Fin
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