ここ最近、牧野の様子がおかしかった。
何かを考えている素振りで、俺といてもソワソワしてる。
どうかしたのかと聞こうと思った矢先、
こいつの口からとんでもない言葉が飛び出した。
「道明寺、……あたし留学する。」
思っても見なかった言葉に絶句する。
「あ?留学?」
「うん。あのね、」
そのあとは、牧野の早口で、
すごくいい環境の学校だとか、
今がチャンスだとか、
将来の自分には必要だとか、
まくし立てるように理由が続く。
その『留学行きたいアピール』を聞きながら、
ふと、今日オフィスで見た書類のことを思い出した。
西田から見せられた書類。
それは、再来月から着工する予定のメープルホテルロサンゼルスの建設書類だった。
NY、日本に次いで3番目に大きな規模になる予定のロサンゼルス支店。
「西田、なんでババァじゃなく俺の名前が責任者として書いてある?」
ホテル事業はババァの分野だ。
「ロサンゼルス支店は司さまに任せると社長より伝言がありました。
着工から営業開始までの1年間は、ロスでのお仕事が増えると思われます。」
そんな会話をしたのがつい数時間前。
「牧野、ロスの学校って言ったよな?」
「うん。」
「1年間か?」
「うん。」
「……わかった。……オッケー、了解。」
これは偶然か。
それとも…………、
俺はまだ何か言いたそうな牧野を置いて部屋へと戻った。
「もしもし。」
「どうかしたの?
プライベートな携帯にかけてくるなんて珍しいわね。」
会社にも理事長室にもいなかったババァに、はやる気持ちでプライベート携帯へと電話した。
「牧野の留学のこと聞いた。」
「そう。随分迷ってたみたいだけど、昨日返事をもらったわ。
まさか、あなたが反対して行かせないなんてことはないでしょうね。」
「行かせてたまるかっ。
…………って、言いたいとこだけどよ、
まずは聞きたいことがある。」
「なにかしら。」
「ロスのメープルの責任者が俺に変更になったことは、牧野の留学と関係あるのか?」
「さぁ、どうかしら。」
フフフ……と電話の向こうで笑うババァ。
「ロスでの仕事が増えるって西田が言ってたけど、どれぐらいだ?」
1ヶ月に1度は仕事を利用して会いに行けるのか。
それが無理なら、せめて3ヶ月に1度……。
そんな期待をしながら聞いた俺に、
「仕事をなめてもらっちゃ困るわ。」
と厳しい口調でババァが言った。
「ロスのメープルは客室もホールもウェディングもどこよりも最高の物を作る予定よ。
責任者をあなたに任せると言うことは、着工から完成まで責任もって携わって貰わないと困るの。
日本での仕事は私が引き継ぎます。
あなたは来月から1年間、ロスでホテルを任せるわ。」
言ってることはビジネスだが、これが牧野の留学と無関係だとは思えない。
「俺はロスで1年間仕事をして、
牧野はロスで1年間勉強をする。」
独り言のようにそう呟く俺に、
「あら、偶然ねっ。」
と、笑いながら電話を切ったババァ。
こんな風にババァと電話で話したのはいつぶりだろう。
耳に残るババァの笑い声を思い出して、
「悪くねぇな。」
と呟いた。
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