VOICE〜ボイス 23

VOICE〜ボイス

たぶんこの場で知らなかったのは俺だけだろう。
伊藤の正体を。

「離せって。」

「道明寺さ~ん、腕も見た目よりガッチリしててステキですねぇ。」

ベタベタと俺の体に触りまくる伊藤。
それをすげー面白そうに見てるF3。
そして、牧野は……といと、なぜか不機嫌。

俺がどんなに怒鳴っても酔ってる伊藤には通じない。
しかも、どこからそんな力が出てるんだよっと思うほど、俺にまとわりつく伊藤の腕が強い。

この状況に堪らなくなった俺は、なんとか伊藤の腕から逃れて、機嫌の悪い牧野に、
「トイレ行ってくる。」
そう告げてF3が爆笑する中、部屋を出た。

トイレで顔をバシャバシャ洗う。
伊藤にされたキス。
なんとか咄嗟にかわして唇は防いだが、頬にまだ変な感触がある。
もう一度その部分だけゴシゴシ洗ってトイレを出ると、
目の前に壁に寄りかかるようにして立つ牧野の姿。

「大丈夫?」

「大丈夫じゃねーよ。」

「あたしそろそろ帰るけど、道明寺はどうする?」

返事は一つしかない。
「おまえがいねーのに、こんな店にいて堪るか、
他のやつらに見つかんねぇうちに帰るぞ。」

店を出て、駅まで牧野と並んで歩く。
せっかく二人きりになれたのに、こいつは店にいたときから機嫌が悪い。

「……いい加減、機嫌なおせって。」
俺が前を向いたままそう言うと、一言だけ返ってくる。

「アイス食べたい。」

「ん。」

「ハーゲンダッツ。」

「ん。」

「一番高いやつ。」

「わかったから、買ってやるから、機嫌なおせ。」

子供じゃねんだから、アイスごときで機嫌がなおるのもどうかと思うが、こいつがワガママ言うのは滅多にない。

ハーゲンダッツだの、一番高いアイスだの言ってたくせに、コンビニで「これにするっ。」って買ったソフトクリームみたいなアイスを食いながらまだ不機嫌な牧野。

「アイス買ってやったのにまだ怒ってるのかよ。来るなって言われたのに行ったのは俺が悪かった。」
しょーがねーから謝ってやる。

「…………。」
それでも無視してアイスを食い続けるこいつ。

「せっかく二人きりになれたんだから、機嫌なおせって。」
そう言って俺は牧野の頬を引っ張ってやると、
ブサイクな顔で俺を睨んで、

「バカ。」
と小さく呟く。

「あ?」

「バカバカバカ。」

「…………。」

「来るなって言ったのに来るから……伊藤くんからキスなんてされちゃうし……、サークルの後輩も……道明寺のことばっかり見てキャーキャー言ってるし…………。
さち子先輩からはメルアドまで渡されてるし……。鼻の下伸ばして嬉しそうにしちゃってさっ。」

伊藤からキスされたのも、女たちがキャーキャー言ってたのも、変な女から紙切れを渡されたのも事実だが、
キスしてきた伊藤には気絶寸前まで首を絞めてやったし、キャーキャーうるせぇ女たちには完全無視で通したし、変な女からの紙切れはすぐにビールのグラスに浮かばせた。

「おまえさ、もしかして、それで怒ってんの?」

「……わるい?」

この可愛すぎる生き物はなんなんだ。
顔がにやけるのを抑えられねぇ。

「それっておまえ、なんて言うか知ってるか?」

「…………。」

「ヤキモチっつーんだぞ。」

アイスを食ってる牧野を俺の方に向かせて、
そう教えてやると、

「わるいっ?」
と、これ以上ないほどのキレかたで肯定する愛しい女。

駅近くの人通りの多い道。
そんなことは分かっているけど、
…………我慢の限界。

牧野の手を取り、ビルとビルの間のわずかな隙間に連れこむ。

「どっ、道明寺っ。」

「牧野、あんまり可愛いこと言うな。」

「……はぁ?」

「おまえにヤキモチ焼かれるのは悪くねぇ。
けど、くだらねぇ心配するな。
俺は……おまえしか興味ねーよ。」

狭い場所で、体を寄せ合いながら話すだけでもヤバイのに、そのあとの牧野の言葉と行動に
完全にやられた。

「キス……あたしが上書きしてあげる。」

そう言って俺のシャツの襟を、ぐいっと下にひっぱり、ぶつけるように唇を重ねてきた。

そのめちゃくちゃ可愛い行動に俺は全身で答えることにした。

食べかけのアイスが俺と牧野の足元にポタリと落ちる。

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