たぶんこの場で知らなかったのは俺だけだろう。
伊藤の正体を。
「離せって。」
「道明寺さ~ん、腕も見た目よりガッチリしててステキですねぇ。」
ベタベタと俺の体に触りまくる伊藤。
それをすげー面白そうに見てるF3。
そして、牧野は……といと、なぜか不機嫌。
俺がどんなに怒鳴っても酔ってる伊藤には通じない。
しかも、どこからそんな力が出てるんだよっと思うほど、俺にまとわりつく伊藤の腕が強い。
この状況に堪らなくなった俺は、なんとか伊藤の腕から逃れて、機嫌の悪い牧野に、
「トイレ行ってくる。」
そう告げてF3が爆笑する中、部屋を出た。
トイレで顔をバシャバシャ洗う。
伊藤にされたキス。
なんとか咄嗟にかわして唇は防いだが、頬にまだ変な感触がある。
もう一度その部分だけゴシゴシ洗ってトイレを出ると、
目の前に壁に寄りかかるようにして立つ牧野の姿。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃねーよ。」
「あたしそろそろ帰るけど、道明寺はどうする?」
返事は一つしかない。
「おまえがいねーのに、こんな店にいて堪るか、
他のやつらに見つかんねぇうちに帰るぞ。」
店を出て、駅まで牧野と並んで歩く。
せっかく二人きりになれたのに、こいつは店にいたときから機嫌が悪い。
「……いい加減、機嫌なおせって。」
俺が前を向いたままそう言うと、一言だけ返ってくる。
「アイス食べたい。」
「ん。」
「ハーゲンダッツ。」
「ん。」
「一番高いやつ。」
「わかったから、買ってやるから、機嫌なおせ。」
子供じゃねんだから、アイスごときで機嫌がなおるのもどうかと思うが、こいつがワガママ言うのは滅多にない。
ハーゲンダッツだの、一番高いアイスだの言ってたくせに、コンビニで「これにするっ。」って買ったソフトクリームみたいなアイスを食いながらまだ不機嫌な牧野。
「アイス買ってやったのにまだ怒ってるのかよ。来るなって言われたのに行ったのは俺が悪かった。」
しょーがねーから謝ってやる。
「…………。」
それでも無視してアイスを食い続けるこいつ。
「せっかく二人きりになれたんだから、機嫌なおせって。」
そう言って俺は牧野の頬を引っ張ってやると、
ブサイクな顔で俺を睨んで、
「バカ。」
と小さく呟く。
「あ?」
「バカバカバカ。」
「…………。」
「来るなって言ったのに来るから……伊藤くんからキスなんてされちゃうし……、サークルの後輩も……道明寺のことばっかり見てキャーキャー言ってるし…………。
さち子先輩からはメルアドまで渡されてるし……。鼻の下伸ばして嬉しそうにしちゃってさっ。」
伊藤からキスされたのも、女たちがキャーキャー言ってたのも、変な女から紙切れを渡されたのも事実だが、
キスしてきた伊藤には気絶寸前まで首を絞めてやったし、キャーキャーうるせぇ女たちには完全無視で通したし、変な女からの紙切れはすぐにビールのグラスに浮かばせた。
「おまえさ、もしかして、それで怒ってんの?」
「……わるい?」
この可愛すぎる生き物はなんなんだ。
顔がにやけるのを抑えられねぇ。
「それっておまえ、なんて言うか知ってるか?」
「…………。」
「ヤキモチっつーんだぞ。」
アイスを食ってる牧野を俺の方に向かせて、
そう教えてやると、
「わるいっ?」
と、これ以上ないほどのキレかたで肯定する愛しい女。
駅近くの人通りの多い道。
そんなことは分かっているけど、
…………我慢の限界。
牧野の手を取り、ビルとビルの間のわずかな隙間に連れこむ。
「どっ、道明寺っ。」
「牧野、あんまり可愛いこと言うな。」
「……はぁ?」
「おまえにヤキモチ焼かれるのは悪くねぇ。
けど、くだらねぇ心配するな。
俺は……おまえしか興味ねーよ。」
狭い場所で、体を寄せ合いながら話すだけでもヤバイのに、そのあとの牧野の言葉と行動に
完全にやられた。
「キス……あたしが上書きしてあげる。」
そう言って俺のシャツの襟を、ぐいっと下にひっぱり、ぶつけるように唇を重ねてきた。
そのめちゃくちゃ可愛い行動に俺は全身で答えることにした。
食べかけのアイスが俺と牧野の足元にポタリと落ちる。
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