邸に着いたのは日が暮れてからだった。
「牧野さん、お元気でしたか?」
「はい、皆さんもお元気そうで。」
俺なんか完全に無視して牧野を中心に再会を喜び会う使用人たち。
「牧野、行くぞ。」
「あ、あんた先に行ってて。あたしもう少しみんなと話して行くから。」
ふざけんなっ。
俺ともろくに話してねーのに、置いていけるかっ。
「いいから行くぞ。」
「あっ、ちょっと、道明寺っ!自分で歩けるから下ろしてっ!」
牧野を小脇に抱えあげ、とりあえず東の角部屋に移動する。
「なんか……懐かしい。
変わってないね。」
そう呟く牧野は入り口に立ったまま部屋を見回している。
「部屋の主が留守だったのに変わってたまるか。入れよ。」
昔もそうだったように、部屋に置かれたソファに並んで座る俺たち。
「牧野、おまえに……」
話がある。そう言おうとした俺の言葉を遮って、
「タマさんっ。そうだよ、タマさんの様子見てこなきゃ!風邪で寝込んでるって。あたしタマさんの部屋に行ってくる。」
そう言って立ち上がるこいつ。
都合が悪くなったり、キョドってる時のこいつの特徴は早口でよくしゃべること。
今の牧野がそれ。
俺はそんなこいつに苦笑しながら、
「俺も行く。」
そう言って軽く牧野の頭を小突いた。
まぁ、今日は外泊届けも出してきているし、話はあとでゆっくり出来るだろう。
二人でタマの部屋を見に行くが、誰もいない。
使用人が使う休憩部屋にも……いない。
ぐるぐると広い邸の中をタマを探して二人で歩く。
すると、ダイニングでタマを発見。
「タマ、なにやってんだ?」
「坊っちゃん、なにって食事の用意ですよ。」
「それは見れば分かるけどよ、タマ具合は?」
「なんですか具合って?
またタマが死にそうだとか、からかって。」
「ちげーよ。風邪で寝込んでるってババァが言ってたぞ。」
そういう俺に、少し考えている様子のタマが、
「奥様も二人のことになると甘々なんですから……。」
と呟き、
「そうです、タマはさっきまで風邪で寝込んでいましたけど、もう元気になりましたのでご安心を。
さぁ、食事にしましょ!」
そう言っていつも以上にでけー声を張り上げて俺たちを席に座らせた。
隣に座る牧野は相変わらず、うまそうに飯を食う。
時折、「おいしいっ。」とか「これ何だろう。」
とか言いながら目をキラキラさせて食べる姿はすげー可愛くて目が離せねえ。
「おまえ、あんまり飲むなよ。」
「え、だってこれすごく美味しいんだもん。」
そう言う牧野の手にはワイングラス。
「甘いけど、度数は相当きついからな。」
「ん、へーき。」
「それぐらいにしとけ。
残りはあとで俺の部屋で飲もうぜ。」
俺がそう言うと、
「ここで解散じゃないの?」
と言ってくるバカ女。
「…………その冗談、全然面白くねぇ。」
「冗談じゃないし。」
「なら本気か?もっとたちがわりぃ。」
「…………。」
一瞬にしてピリピリとした俺たちの雰囲気に、気間ずそうに視線をそらす使用人たち。
「牧野、ここに来たのはタマの見舞いだけが目的か?」
「……どういう意味?」
「おまえさ、この間の『イエス』は嘘じゃねーよな?」
「え?……それは…………」
「ここでもう一度聞いてやろうか?」
離れた場所にいるとはいえ、俺たちの会話は使用人たちにも聞こえているはず。
「……聞かなくていい。」
「牧野、逃げんな。……頼むから逃げるな。」
「……なにそれ。」
「追いかけて追いかけてやっと捕まえたと思っても、おまえすぐに逃げるじゃん。」
俺はそう言って持ってたフォークを置いて、深くため息をつく。
「はぁ?あたしのどこが逃げてるって言うのよっ。そもそも飽きもせず追い掛けてくる方が問題だと思うけどっ!」
「飽きもせずって………おまえに飽きるわけねーだろバカっ。」
「っ!そういうこと言ってるんじゃなくて、
恋人でもないのに待ち伏せしたり、部屋に押し掛けたり、あんたストーカーだからねそれ。」
「おまえ頭おかしいだろ。
いつから俺たちは恋人じゃなくなったんだよ。」
「ずっと前から。」
「誰がそんなこと言ったっ。」
「あんた。」
「だから、それはっ、」
「道明寺司があたしのことを『友達』だって金髪彼女に紹介したの、あんた忘れたの?」
そう言って一気にグラスを空ける牧野。
「バカっ、一気に飲むなっ。」
牧野の手からグラスを奪い、赤ワインで染められた唇を親指で優しく拭ってやる。
「全部おまえの誤解だ。
そのこともおまえにきちんと話したい。」
「……今更、何も聞きたくない。」
何も聞かず、何も言わず、このまま俺とのことを終わりにするつもりか。
イエスと言った言葉も、深く交わしたキスも、
その時だけの夢だったかのように、
次の日には泡となって消えていく。
「ほらな?また逃げるだろ?
おまえはそういう女じゃねーだろ。
いつだって、逃げずに俺に立ち向かってくるだろっ。
俺はそういうおまえに心底惚れてんだよっ。
だから今回もぶつかってこいよっ!」
まっすぐこいつの目を見て言ってやる。
負けず嫌いのこいつなら、きっと…………。
「分かったわよっ。逃げずに聞いてあげるっ。
あたしたちがこんな関係になっちゃった理由をね!」
こんな風にしたかった訳じゃねーのに、結果は最も俺ららしい展開。
「相変わらずですね…………。」
どこから聞いていたのか、タマが呆れた顔で俺を見る。
「さっきのあれって、喧嘩なの?」
「あー、あれ?
お二人は喧嘩してるんだろうけど、聞いてるこっちは赤面しちゃうよね。」
「やっぱり?あたしもなんか恥ずかしくなっちゃって。
牧野さんってすごいわ。」
「司様の甘いノロケも完璧にスルーだもんね。」
「『おまえに飽きるわけがない』とか、
『そういうおまえに心底惚れてる。』とか、
あれ、普通なら一発で落ちるレベルなんだけど、牧野さんには全然通用しないみたい。」
「司様、気の毒だわ~。」
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