501号室。
道明寺の部屋の前まで来たあたしは、迷わずその扉を叩いた。
ドンドン……ドンドンっ!
「…………。」
ドンドン……ドンドン……ドンドン。
いない。
まさか、今日も休まず仕事に行ったの?
あたしは今走ってきた道をまた駆け足で引き返す。
「鶴さんっ!」
「な、なんですっ?」
どこかタマさんを思い出させるような風貌の鶴さんが、息を切らせて戻ってきたあたしに驚きながら答える。
「道明寺、道明寺司は今日いつごろ出掛けました?」
「道明寺のお坊っちゃんですね……えーと、
昼過ぎに出ていかれました。」
「どこに?学校?仕事?」
「そこまでは、私には……。
でも、今日は私服でいかれましたのでお仕事ではないと思いますよ。」
仕事ではないと聞いて少しだけホッとする。
学校だろうか、それとも美作さんか西門さんとでも会ってるいるのか。
あたしは、とりあえず学校に向かって再び歩き出した。
「タマっ、こんなに食えねーって。」
「いいから、黙って食べてくださいな。
坊っちゃんが倒れたと聞いて、タマは心臓が止まるかと思いましたよっ。」
「ポックリいけるとこだったのに、残念だったな。」
昨日、大学から会社に向かった俺は、車を下りたて立ち上がりかけたその時、体から力が抜けてその場に倒れこんだ。
幸い西田が一緒だったから、体を地面に打ち付けることもなく済んだが、すぐに病院に連れていかれてあちこち調べられた。
過労、睡眠不足、貧血、
どれも当たっているようで、どれもそうではないような。
睡眠、食事、休養、
どれも必要なようで、そうではないような。
体も心も今俺が欲してるのは…………。
またテーブルに置いた携帯が鳴り出す。
画面を見るとあきらから。
昼過ぎから、あきら、総二朗、類、そして西田やババァからも電話がきているが、どれも無視してる。
仕事も昨夜で大きな案件を1つ片付けて、しばらくゆっくり出来るはず。
「坊っちゃん、出なくていいんですか?」
「ああ。」
鳴りやんだ携帯。
その横に、もう1つ置かれている携帯がある。
それは「鳴らない」携帯。
通じる先はただ1つ、牧野だけ。
その携帯を見つめる俺に、
「待ち人はただ一人……ってことですね。」
とタマが言った。
腹一杯食べさせられて、邸のジムで軽く汗も流して、広い浴室でゆっくり湯につかって、だいぶ体が軽くなった。
門限の7時まであと少し。
なぜだか泣きそうな顔のタマに、
「心配すんな。タマより先に死ぬようなことはねーから。」
そう悪態をついて邸を出た。
寮の自室に戻り部屋を開けると、自然と苦笑が漏れる。
汚ねぇ部屋。
ここ数日、仕事も大詰めを迎え、その資料やらファイルがデスク回りに山積みに置かれている。
そして、ベッドの上には脱ぎ捨てた服。
ソファの上にも脱いだままの数着のスーツ。
牧野に「俺の部屋に来い。」って言っておきながら、こんな部屋を見せたら興醒めするだろあいつ。
そんなことを思いながら、脱いだスーツや服を片っ端からクリーニングの袋に詰め、
仕事の資料やファイルは壁一面に備えられた棚に順序よく並べていく。
すべて終わった頃にはだいぶ時間がたっていて、時計を見ると9時半。
きれいに片付いた部屋を見回し、
「よしっ。」
と呟いた俺は、バスルームへと入った。
ジャブジャブとバスルームで顔を洗っていると、
かすかに何かの機械音がする。
気のせいか……と思ってまた顔を洗い始めたが、
やっぱり何かが鳴っている。
蛇口の水を止めて、その音を確認した俺は、
扉に足の小指を強く打ち付けながらも、その音が鳴る方へと全力で走った。
「もしもしっ!」
「……道明寺?」
鳴らない携帯が、
…………やっと鳴った。

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