会いたくて、会いたくて、会いたくて……。
全身の細胞が波立つほど、恋しかった女。
牧野が今、俺の目の前にいる。
ファミレスからの帰り道、
「いつ日本に帰ってきたの?」
と聞く牧野に、
「今日の昼。」
と答えると、
なんの迷いもなく、
「暇なの?」
と聞いてくる鈍感女。
「すげー忙しいに決まってるだろ。」
「……あーそう。それならこんなところで油売ってないで、早く帰りなさいよ。」
そう言う愛しい女は相変わらず甘い雰囲気とは縁遠い。
だから、ちょうど寮の前についたから教えてやる。
「帰ってきたぞ。」
「……はぁ?」
「今日から俺もここの住人。」
「……はぁーーー?」
すっとんきょうな声ととぼけた顔で見つめてくるこいつがすげーかわいくて、牧野の髪をくしゃっとかき混ぜてやりながら、
「これからはおまえの側にいるって言ったろ。」
そう言うと、
すげー小さな声で
「やっぱり暇なんだあんた。」
そう呟くのが聞こえた。
寮生活と言っても、邸とほとんど変わらない。
食事も一流シェフが24時間用意しているし、希望すれば毎日部屋の清掃も入ってもらえる。
部屋は20畳ほどのワンルームとその横にミニキッチン、バス、トイレが付いていて、一人では十分な広さだ。
内装もメープルホテルを手掛けているプロに頼んだだけあって、ホテルのスイートを思わせるような仕上がりだった。
部屋に戻ってきてしばらくボーッとソファに座っていた俺は、
「ふぅーーー。」
と一つ大きく息を吐くと、ベッド脇にある電話の子機を掴み内線電話を押す。
そして、電話を耳に当てたままベッドにゴロンと横になった。
「…………はい?」
3コール目で繋がった。
「牧野か?」
俺の声に固まっているのが分かる。
「…………。」
「おいっ、牧野?」
「なんで、あんた、あたしの部屋番号知ってるのよっ。」
「知ってるに決まってんだろ。
俺を誰だと思ってんだよ。」
「…………もう、ほんとありえないっつーの。」
こいつの声を聞くと、
さっきまで会っていたのに、
…………もう会いたくてたまらない。
目を閉じると、久しぶりに会う少し女らしくなった牧野の姿がよみがえる。
黒髪はそのままで、色気のねえ態度は変わらないけど、薄くまとった化粧やリップ、大学生になった女らしい服装に、胸の高鳴りと嫉妬が沸き起こった。
「…………道明寺?」
急に黙った俺に、少しだけ心配そうに聞いてくる。
「まだ寝てなかったの?」
そう聞かれて時計を見ると、牧野と別れて一時間半もたっている。
ソファでボーッとしている間にそんなに時間が過ぎていたのか。
「ああ。わりぃ、……おまえ寝てたか?」
「……うん。」
「わりぃ。」
もう一度謝る俺に、今度は確実に心配そうに聞いてくる。
「何かあったの?」
「…………おまえの声、聞きたくなった。」
いつだってそうだ。
こいつに出会ってから、こいつに惚れてから、
俺は溢れる感情を抑えることが出来ない。
声が聞きたい……なんてキザな台詞を、躊躇なく俺に言わせる女は……おまえしかいない。
「さっきまで話してたじゃない。」
照れてるのか、ぶっきらぼうに言うこいつに、
電話した真の意味を伝える。
「牧野……、さっき言い忘れたけどよ、」
「……ん?」
「おまえが好きだ。」
電話の向こうで牧野が息を飲むのが分かる。
「どうしても今、伝えたかった。
……また明日な牧野。
…………おやすみ。」
「………ん………おやすみ。」
小さく呟いて切れる電話。
ベッドに横になりながら、電話を片手に持ち、
高い天井をあおぐ。
あぁ。
ますます自らどつぼに嵌まった。
声だけでも聞きたいと思ってかけたはずなのに、
声を聞いた今は、会いたくて仕方がない。
NYにいた頃とは違った意味で、今日も眠れそうにない。
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